竹内結子の子供(太郎)が中学受験した学校は?年齢は何歳?歌舞伎は?

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今回は、女優の竹内結子さんについてご紹介します。

日本を代表する女優の竹内結子さんには、元夫で歌舞伎役者の中村獅童さんとの間に生まれた子供・太郎君がいます。その子供が中学受験した学校や、年齢、名前、画像、さらには歌舞伎の世界に入るのかどうかについても調べてみました。

竹内結子の子供・太郎が中学受験した学校は?年齢は?画像あり

竹内結子さんは、2005年に公開された映画『いま、会いにゆきます』で共演した中村獅童さんと2005年に結婚し、2005年11月21日に男の子を出産しました。名前は太郎君ですが、一人息子の太郎君に対して、竹内結子さんは、太郎君が幼い頃から英才教育を施してきたようです。

2019年時点で14歳になる太郎君が中学受験をしたという噂がインターネット上で囁かれているのですが、実際のところは中学受験はしていません

太郎君が幼稚園の段階から、小学校受験を見据えて、月々60万円もする個人指導のプロを付けていました。

小学校受験をする場合には、名門幼稚園に通わせるか、いわゆるお受験専用の塾に通うか、あるいは両方を掛け持つかのいずれかを選択する親御さんがほとんどですが、竹内結子さんは、そのいずれでもなく個人指導のプロを雇うという方法を選択しました。

毎月60万円という金額には驚きましたが、その甲斐あって、青山学院初等部に合格しました。青山学院は、初等部から中等部、高等部、そして大学へとエスカレーター方式で進学していくことが可能となっていますので、芸能人の子息の多くが通っています。歌舞伎役者に人気の学校でもあるのですが、その理由は何なのでしょうか。

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記者「問題を起こす子供や親がいても、『芸能関係者の子供は入れるな!』という声にはならないそうです。教職員も保護者もそれがあるからこその青学だ、と」

デスク「へぇ~」

引用:newscafe.ne.jp

記者「実際に子供が青学初等部に在学する親から聞いたのですが、芸能人オーラを振りまく人は少数。たとえば歌手、森高千里(45)は長男が初等部6年ですが、学校に来る時はいつも地味な格好で、腰も低いんだとか。目立つ存在だけにそうした態度をとる人もいるから、否定されることはなく、温かく見もろうと言う雰囲気があるそうです」

引用:newscafe.ne.jp


教育環境だけではなく、親の心がけや家庭に対する学校側の配慮が行き届いている点も人気の秘訣だったんですね。

さて、話を竹内結子さんの子供に戻しますが、太郎君は2005年生まれですので、現在は青山学院中等部に進学しているものと思われます。

2008年に中村獅童さんと離婚して以降、再婚をせずに女で一つで太郎君を育ててきた竹内結子さん。ただでさえ忙しい女優の仕事に加え、数々のイベントやキャンペーンで全国を飛び回っていたため、子育ては大丈夫だったのでしょうか。

調べていくと、全てが杞憂であることが判明しました。どれだけ忙しくても常に子供との時間を最優先してきた竹内結子さんは、ディズニーランド太郎君と2人っきりでアトラクションを楽しんでいる様子が度々目撃されており、目撃者によるととても優しい眼差しで太郎君を見ていたようです。

ですが、女優オーラは存分に出ていたようで、さすがは第一線で活躍する女優といった印象だったとのことです。

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ディズニーランドへ行った日の夜は、レストランで太郎君と一緒に楽しいディナーを食べながら親子水入らずの時間を過ごしていたそうですが、竹内結子さんが注文したのは、ざるそばとビール。。。

竹内結子さん、これだから憎めないですよね・

仕事仕事で、家庭での時間や子供と過ごす時間がない芸能人が多い中、竹内結子さんはオンとオフをきっちりと切り分け、子供との時間も大切にしているようです。

竹内結子の子供が再婚を後押しした?

竹内結子さんは、2019年2月27に、所属する芸能事務所(スターダストプロモーション)の後輩である俳優・中林大樹さんと再婚しました。

一般的には同じ事務所同士での交際はタブーとされていますが、竹内結子さんの息子・太郎君と中村大樹さんの仲が良好で、太郎君がとても懐いており、太郎君自らが竹内結子さんに再婚を進言したことから決断に至ったようです。

息子の後押しがあればそれ以上心強いものはないと思われますが、実は竹内結子さんが再婚に踏み切った理由は他にもありました。

それは、芸能界での覇権争いです。最近のドラマ業界を見渡すと、かつて名声を手にしてドラマの常連として活躍していた女優(鈴木保奈美さん、常盤貴子さん、木村佳乃さんなど)の活躍が目立ってきています。

私生活を充実させることで、視聴者にとってはドラマでの役柄とプライベートでの竹内結子さんをリンクさせやすくなるというメリットが生まれます。

また、夫と子供がいるということで、ママさん女優としての知名度が高くなり、ドラマ関係者の目に竹内結子さんが止まりやすくなるというメリットもあるようです。

いずれにしても、今後の竹内結子さんの活躍から目が離せないですね。

竹内結子が2人目の子供を妊娠!性別は?

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竹内結子さんと、再婚した旦那である中林大樹さんとの間に待望の赤ちゃんができたことが明らかになりました。

出産予定2020年2月の予定で、今後は体調を感が見ながら仕事を調節していくということです。現在のところ性別は明らかにされていませんが、再婚相手との待望の赤ちゃんなだけに、竹内結子さんは感慨もひとしおのようです。

体調にはくれぐれも気を付けて、元気な赤ちゃんを産んでいただきたいと思います。

竹内結子の子供は病気が理由で歌舞伎をしない?

現在、青山学院に通っている太郎君は、歌舞伎の世界には身を投じていません。息子を歌舞伎とは全く関係のない、普通の家庭で育てたいという竹内結子さんの強い意向が反映されてのことなのですが、巷では、太郎君が歌舞伎役者にならないのは、病気がちだからではないか?という噂が立っています。

子供なら誰しも、小さい頃は体調を崩しやすかったりするものですから、太郎君だけが特別というわけではありません。また、太郎君が先天性の病気や難病にかかっているという情報もありませんでしたので、竹内結子さんの子供が病気であるという噂はデマであると言えます。

竹内結子の子供は葬儀に参列しなかった?

まず、葬儀というのは、竹内結子さんの元旦那である中村獅童さんの母親・小川陽子さんの葬儀のことです。

小川陽子さんのお通夜が行われたのは2013年12月19日のことで、葬儀・告別式は12月20日にしめやかに執り行われました。

この葬儀・告別式に竹内結子さんと太郎君は参列していませんでした。この件に関して、マスコミや世間がざわついたことを覚えている方もおられるのではないでしょうか。

離婚したとはいえ、義母に当たる方の葬儀ですから、参列しないのはおかしいだろうということから、竹内結子さんと太郎君が小川陽子さんの葬儀・告別式に参列しなかった理由が話題に上がっていました。

その原因は嫁姑問題です。世間一般の嫁姑問題とは違う、かなり根深い確執があったということですが、どういうことなのでしょうか。

でき婚の末に嫁いできた竹内結子さんですので、梨園の妻として長く歌舞伎に携わってきた小川陽子さんからすると印象が良くないのは当然です。

竹内結子さんとしては、中村獅童さんと結婚した後も梨園の妻としての道を進むのではなく、あくまで女優業に専念したいという気持ちが強かったため、小川陽子さんと竹内結子さんとの間にいさかいがなかったと言えば嘘になります。

中村獅童さんと竹内結子さんが結婚する時に、竹内結子さんが女優活動を継続していくことをいったんは認めたものの、ゆくゆくは梨園の妻として夫をサポートしてもらいたい気持ちが強かったようで、いずれは女優業をやめてほしいと思っていた可能性が高いです。

小川陽子さんは、師匠不在の中村獅童さんをステージママとして一流の歌舞伎役者に仕立て上げたプロ、一方の竹内結子さんは、スクリーンやテレビで大成功を収めた演技のプロ。お互いに仕事ができる、いやでき過ぎるため、衝突する部分も多く、衝突には相当なエネルギーを必要としていたようです。

そんな嫁姑関係が続く中で、中村獅童さんの女性問題が原因で竹内結子さんとの離婚話が出始めると、小川陽子さんと竹内結子さんの間に大きな亀裂が生じました。

亀裂が生じた原因は、一人息子である太郎君の親権に関してです。竹内結子さんとしては一人息子を手放したくない一方で、小川陽子さんとしては歌舞伎役者としての跡継ぎ候補を失いたくないという気持ちがぶつかり合う形となったのです。

小川陽子さんとしては、中村獅童さんを歌舞伎役者に育てたという自信と喜びを、もう一度自分の孫で体験してみたいという気持ちもあったのかもしれません。

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一方の竹内結子さんには、太郎君を歌舞伎役者にするという気持ちは一切なかったため、結局離婚をした後は、小川陽子さんと顔を合わすことはほとんどありませんでした。

どちらの意見が正しい、間違っているという話ではありませんが、当時の中川陽子さんの言動を追っていると、孫を可愛いと思う気持ちよりも、歌舞伎役者としての血を絶やしたくないという気持ちの方が強かったのではないかなという気がします。

こういった経緯があったからなのでしょう、竹内結子さんと太郎君は小川陽子さんの通夜にも葬儀・告別式にも参加しませんでした。

変に姿を見せることで、マスコミをはじめとして世間を騒がせたくないとの思いが働いたものと思われます。

自分の演技や仕事さえ上手くいっていれば、他はどうでもいいといわんばかりの態度を取る女優さんもいる一方で、竹内結子さんは周囲に配慮ができる女優さんです。スタッフや共演者からも評判が良いのはこのためだったんですね。

小川陽子さんの葬儀・告別式にこそ参列しなかった竹内結子さんですが、確執があったとはいえ義理の母親ですので、竹内結子さんなりの誠意と追悼の意を表していました。

通夜と葬儀・告別式が行われた会場には、竹内結子さんの名前で供花の提供がされていたのです。

また、小川陽子さんが亡くなった翌日には、当初出席予定だった吉永小百合さんの映画制作会見を欠席しています。

竹内結子さん自身は「出席かなわず、とても残念です」とだけメッセージを残していましたが、恐らく喪に服す気持ちが込められていたものと思われます。

周囲に刺激を与えず、故人への追悼の意を示すという意味では、葬儀・告別式への参列をしなかったという竹内結子さんの選択は賢明だったと言えます。

竹内結子の子供が実は葬儀に参列していた?

???という見出しですが、この葬儀というのは、中村獅童さんの父親である小川三喜雄さんの葬儀のことです。竹内結子さんが小川三喜雄さんの葬儀に参列していなかったという情報が出回っていませんでしたので、竹内結子さんは小川三喜雄さんの葬儀に参列した可能性が高いです。

小川三喜雄さんの葬儀は2008年10月に行われたため、当時の太郎君の年齢は3歳です。もしかすると、竹内結子さんに連れられて参列していたのかもしれません。

中村獅童さんの父、故小川三喜雄さんは男気あふれる好人物であったと聞きます。歌舞伎役者時代の廃業理由が凄いです。

先輩役者から、弟の演技をなじられ、それに腹を立てた初代中村獅童の故小川三喜雄さんは、被っていたかつらをポーンと投げつけそのまま廃業されたというのです。

その後銀行員を経て、東映のプロデューサーに転身するのですが、これは二人の弟をプロデュースするためだったと言います。

その二人の弟とは、萬屋錦之介さんと中村嘉葎雄さんです。

小川3兄弟を知る人物によると、2人の弟を世に送り出すために陰で尽力したのは、ほかならぬ小川三喜雄さんだそうです。

名俳優を2人もプロデュースするほどの腕と目を持っていた三喜雄さんにしてみれば、中村獅童さんを芸能界で成功させるのはそう難しいことではなかったのかもしれません。

東映を退社した後に中村獅童事務所を設立したのは、小川三喜雄さんでしたので、中村獅童さんが芸能の世界に入ることができたのは、ステージママである小川陽子さんだけではなく、小川三喜雄さんのおかげでもあると言えます。

竹内結子さんと元義母小川陽子さんとの確執は言われますが、元義父小川三喜雄さんとの仲は聞いたことがありません。

元来が役者なだけに、役者の気持ちがわかるプロデューサーですから、梨園の妻となった竹内結子さんの気持ちがよくわかる理解者だったのかもしれません。

引用:girlysm.net

自分のことを理解してくれていた小川三喜雄さんの葬儀に参列したかどうかは定かではありませんが、少なくとも、小川陽子さんのときのような深い確執はなかったと言えます。

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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