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今回は、参議院議員の小野田紀美さんについてご紹介します。
当選回数が少ないながらも菅義偉内閣で法務大臣政務官に就任するなど、将来を期待されている新進気鋭の政治家である小野田紀美さんですが、プライベートでは結婚していないようです。理由は両親の離婚と片思い原因とのことなのですが、壮絶な生い立ちからの逆転人生について調べてみました。
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小野田紀美は結婚していない
小野田紀美さんは1982年12月7日生まれで2024年時点での年齢は42歳ですが、現時点では結婚していないようです。念のため結婚歴についても調べてみましたが、既婚歴もありません。
かつて行われたインタビューでは、そもそも結婚には興味が全くないと語っていました。インタビュアーからの深堀質問に対しては、自分自身の右手薬指を指さしながら、見えませんか?ここに日の丸が。私は特定の誰かとではなく日本国と結婚しているんだと返答していたのがとても印象的でした。
また、ご自身のTwitterでも結婚の意志が全くないことを呟いています。
30超えたら言われなくなるはず、35超えたら言われなくなるはず…!とずっと希望を持って耐えてきたけれども、36歳になった今でもまだ早く結婚しろとか言ってくる人がいるんですよね…。いつまで言われ続けるんだろう…私に結婚の可能性があると思われている事自体が本当に気持ち悪いんだけどなぁ…。
スポンサードリンク— 小野田紀美【参議院議員_岡山選挙区】 (@onoda_kimi) April 25, 2019
とある調査によると、女性の平均初婚年齢は29歳ですので、年齢的には小野田紀美さんは結婚適齢期を過ぎています。
小野田紀美が結婚していない理由は両親の離婚と片思いと仕事
晩婚化が進んでいる日本においては40代になっても結婚していない女性は多いですが、小野田紀美さんが結婚していないのはなぜなのでしょうか。調べてみるとそこには、かつて幼い頃に両親が離婚したことと、小野田紀美さん本人が片思いしている対象(相手)がいること、そして仕事の3つが複雑に絡まり合っていることが判明しました。
両親の離婚
小野田紀美さんはハーフで、父親がアメリカ人、母親が日本人です。アメリカ・イリノイ州シカゴで生まれたのですが、1歳の時に母親の地元である岡山に移住しました。しばらくは親子3人で幸せに暮らしていたのですが、小野田紀美さんが2歳の時に突如父親が行方をくらましてしまいました。俗に言う蒸発でした。
父親が蒸発した原因ははっきりとはわかりませんが、住み慣れない日本での暮らしに辟易としたからか、あるいは他に好きな女性が現れたからか、いずれにしても置き去りにされた母親と小野田紀美さんにとってみれば青天の霹靂でした。
突如父親がいなくなったのは2歳の頃でしたので、そのときの記憶はないようですが、成長していくに連れて父親がいなくなった経緯を知るようになり、女手一つで自分を育ててくれた母親のように、結婚しなくても自分ひとりの力で生きていけるような女性になろうという気持ちがあるため、今でも結婚願望がないのだと思われます。
そんな小野田紀美さんにとっての心の拠り所となるものが存在しているとのことなのですが、心の拠り所となるものとはいったい何なのでしょうか。
20年片思いをしている○○
出典:nnjnews.net
小野田紀美さんの心の拠り所となっているのはオスカーです。
出典:4gamer.net
女性向け恋愛シュミレーションゲーム『アンジェリーク』に出てくるキャラクターで、射手座で身長は189㎝・体重は79kgの超イケメンです。相当な自信家で、気障なセリフもサラッと口にするラテン系プレイボーイではありますが、自分の仕事には人一倍熱心で非常に真面目な性格の持ち主です。
元々、小野田紀美さんは政治家になる前はゲーム会社で働いていたため、かなりのゲームオタク。大好きなゲームに登場するイケメンキャラクターに一目惚れして以降、現実世界にいる男性には興味がわかない状態のようです。いつしか、小野田紀美さんのハートを射止めてくれるオスカーのような男性が現れると良いですね。
仕事
出典:nowget.net
小野田紀美さんが政治家を志すきっかけとなったのは、小学生の頃に小学校の図書館で読んだ『まんが日本の歴史・卑弥呼』の物語でした。卑弥呼が登場するまでは争いに乱れていた国が、卑弥呼が女王になったことでこれまでとは一変し、強く豊かな国になり、さらには平和になった様を見たことに感銘を受け、いつか卑弥呼のように国を変えることができるような政治家になりたいと決意しました。
それ以来、一心不乱に政治家になる夢を追い続け、29歳のとき(2011年)に地方議員に当選し、その5年後の2016年に参議院議員選挙で見事に当選しました。
子供の頃から憧れてきた政治家になることができ、今は少しでも国を変えたいという強い気持ちで仕事に邁進しているため、自身の結婚については全く興味がないようです。
小野田紀美の壮絶な生い立ちからの逆転人生が凄い
先ほどもお伝えした通り、小野田紀美さんは1歳の頃にアメリカから岡山に引っ越し、ほどなくして父親が蒸発していますので、父親のことはほとんど記憶にない状態で育ちました。
ハーフだからという理由で、子供の頃には石を投げられたりしていじめられたこともしばしばありました。負けん気の強さから喧嘩に発展することも度々ありましたので、特技が格闘技になったとか。
後に母親から聞かされたのは、父親から養育費が送られてきたことは一度もなく、貧しくて苦労の日々だったということです。そんな環境下で育ちましたので、幼い頃から世の中に存在する理不尽なことに対して違和感を覚え、いつしか政治家になってこの世の中を変えたいと思って生きるようになりました。
また、ドラゴンボールや戦隊ものに対する憧れがとても強く、いつしか自分は正義の味方になるんだという夢を持っていたそうです。理不尽なことが起きない世の中を作ることができれば、それによって最高の正義の味方になることができると考え、政治家の道を志しました。
小野田紀美の結婚観には経歴が影響していた
出典:twitter.com
小野田紀美さんは拓殖大学政経学部政治学科を卒業した後、塾講師や雑誌の編集者、ショールームのアテンダント、モデル等色々な職業を経験してきました。
そして、コンテンツ制作会社である株式会社アスガルド(2019年1月4日に解散)に勤務していたときに、TOKYO自民党政経塾の5期生として入塾し政治の基本を学びました。
政治家になったのは2011年のことで、同年に行われた東京都北区議会議員選挙で自由民主党公認候補として立候補し、見事に初当選を果たしました。
2016年に行われた第24回参議院議員通常選挙に岡山選挙区から自民党公認(公明党推薦)として立候補し、他の2候補に圧勝しました。その後の勢いは衰えることを知らず、2020年9月には、菅義偉内閣で法務大臣政務官に就任しました。
自民党政経塾に入り、日本の未来を心から危惧する同士や先輩に出会ったことで、幼い頃から思い続けてきたこの世の中を変えたいという気持ちがより一層強くなったことは間違いありません。そのような環境下に身を置いて30代を過ごしてきましたので、自身の結婚よりも何よりも日本という国の未来を優先させた結果、結婚の機を逃してしまった可能性も考えられます。
小野田紀美が結婚する可能性
出典:agora-web.jp
小野田紀美さんは30代の約10年間全てを政治家としての活動に割いてきたと言っても過言ではありません。40代になってからもそのスタンスに大きな変化は見られないのですが、少しずつ政治家としての活動に余裕とゆとりを持てるようにもなってきたと語っています。
これまで通り、政治家として日本の未来を憂いながら活動を続けていく一方で、徐々に自身のプライベートの充実も図っていきたいとの気持ちが芽生えているのも事実です。
今すぐに特定の誰かと交際して結婚というのは難しいですが、まだまだ若いですので、小野田紀美さんのお眼鏡に適うような人物が現れれば、その方と結婚する可能性は充分にあると考えられます。
小野田紀美が子宮全摘出手術を受けていた
小野田紀美さんは2023年12月28日に自身のXで、子宮筋腫のために子宮全摘出手術をしたことを報告していました。
好評に踏み切った理由として、政治家の世界では曖昧な入院の噂が出てしまうとすぐに、公認を外せ、政治家としてはやっていけないなどの声が上がってくるためとしていました。
すぐに仕事に復活する予定ですが、5年ほど前から子宮筋腫を発症していたとのことで、年末年始は療養のために静養する旨を伝えていました。
国会議員としてはまだまだ若手の部類に属していますが、早く元気になっていただき、今後ますます国会や世界の舞台で活躍されることを願いたいと思います。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。