荻野目慶子は現在は何をしてる?夫は医師で深作欣二と三角関係?

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今回は、女優の荻野目慶子さんについてご紹介します。

歌手の荻野目洋子さんの姉で、昼ドラの顔としても有名な荻野目慶子さんが現在は何をしているのか、また、である岡崎成実さんが産婦人科の医師であるという噂についても検証してみましょう。

荻野目慶子は現在は何をしてる?

見事、女優としてのポジションを獲得し直した荻野目慶子さんは、数々の映画やドラマ、舞台に出演しています。

近年では、2013年公開の映画『つやのよる ある愛に関わった、女たちの物語』で、愛人役として印象に残る演技を披露。とりわけ、小泉今日子さんとのワインの掛け合いバトルは話題になりました。

2013年1月には、舞台『阿修羅のごとく』に、2014年には舞台『殺風景』にも出演しています。その他、テレビ朝日系の『科捜研の女〜年末スペシャル』、テレビ東京の『怪奇恋愛作戦』などテレビドラマにもゲスト出演。

主役をはる作品は少なくなったものの、ベテラン女優の名にふさわしい活躍を見せています。

このように、仕事面ではとても充実している荻野目慶子さんですが、プライベートはどうなっているのでしょうか。

荻野目慶子は現在は結婚してる?夫は医師?画像あり

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荻野目慶子さんは、2012年12月31日に一般男性結婚しました。そのお相手の職業が医師であるという噂があるのですが、本当なのでしょうか。詳しく調べてみました。

荻野目慶子の夫(岡崎成実)の経歴は産婦人科の医師?

荻野目慶子さんの旦那さんは岡崎成実さんだと言われています。荻野目慶子さんよりも2歳年上で、新宿レディースクリニックをはじめとして、複数のクリニックを経営している産婦人科医です。

馴れ初めは、知人の紹介で、約5年間の交際を経て2012年の大晦日に結婚しました。交際期間が長かったのは、岡崎成実さんがバツイチだからと考えられます。一度結婚に失敗している身ですので、相手をじっくり見ようという意識が働いたのだと思われます。

外食が多い夫のため、荻野目慶子さんは、お弁当を手作りしたり、料理学校に通ったりと、なかなかマメマメしい新妻ぶりを発揮しているそうです。

映画監督と不倫をしていた頃とは打って変わって、夫をサポートする良き妻として、女優業と主婦業を上手に両立させているようです。

荻野目慶子の夫(岡崎成実)はアトピーのアイテムを開発?

岡崎成実さんは、産婦人科医として活動する一方で、DR.C医薬株式会社の代表取締役社長も務めています。DR.C医薬株式会社は、花粉やハウスダスト、カビ等のタンパク質を分解して水に変える、独自のクリーン技術をもつ会社です。

当社が開発した数々の商品の中には、アトピーやアレルギー対策のアイテムが非常にたくさんあります。

産婦人科医としてだけではなく、花粉症やアトピーなど、日本人の多くが悩みを抱える分野において、岡崎成実さんは日々、社会貢献を続けています。

荻野目慶子の夫(岡崎成実)が過去の医療日記を公開?

岡崎成実さんは、数々の医薬品や医薬部外品を開発していますが、その経緯を過去の医療日記に書き留めているそうです。

そして、その内容を順次、自身のブログでも公開しており、先ほどご紹介したアレルギーやアトピーに悩んでいる人に対してはもちろん、妊婦さんや中絶を考えている人に向けた内容の医療日記も順次公開しているようです。

医者であり研究者でもある旦那さんの多忙な毎日を支える荻野目慶子さん。現在は女優業を少し抑え気味にしていますが、また全盛期のような活躍ぶりを見ることができる日を楽しみに待ちたいと思います。

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荻野目慶子は現在は芸能界を引退した?

荻野目慶子さんは現在も芸能界に在籍しています。ただ、ひと頃のように精力的には活動せず、不定期に講演活動を行ったり、ドラマや舞台の仕事をこなしています。

実母の介護に多大な時間を割く必要が出てきたことが主な原因ですが、2017年には東京グローブ座で行われた舞台『あんちゃん』に、2018年には11月から12月にかけてテレビ朝日系で放送された土曜ナイトドラマ『あなたには渡さない』に出演したりと、最近では女優としての活動のペースが上がってきています。

最近の荻野目慶子さんの様子を見ると、これまでにも増して円熟さが際立ってきており、今後の展開がとても興味深いです。ファンの間では1日でも早い本格復帰を望む声が上がっています。

荻野目慶子の事件って何?深作欣二との関係は?

荻野目慶子さんは恋多き女として、これまで数々の男性と浮名を流してきました。その中で、荻野目慶子さんの女優人生を大きく左右する事件に遭遇します。いったい何があったのでしょうか。

荻野目慶子と河合義隆の間に事件は起きた?

荻野目慶子さんが初めて浮名を流した男性とされているのが、映画監督で演出家でもあった河合義隆さんです。

2人の馴れ初めは、荻野目慶子さんに河合義隆さんが演技指導をしたことでした。当時の荻野目慶子さんの年齢は20歳、河合義隆さんの年齢は37歳でした。

2人の年の差も注目されていましたが、最も注目を浴びたのが、河合義隆さんには妻子がいたということです。つまり、不倫だったのです。

妻子ある身でありながら、荻野目慶子に溺れた河合義隆は、彼女のマンションに入り浸るように。2人の関係は5年ほど続きましたが、河合義隆の妻との間では修羅場が展開されていたそうです。ある時、女優として評価され、精力的に仕事をこなしていた荻野目慶子さんは、河合義隆さんに別れを切り出したといいます。

いくら不倫とはいえ、5年間もの間関係が続いたわけですから、突然の告白に、河合義隆さんは相当なショックを受けたようです。

そして1990年……事件は起こりました。地方ロケから帰ってきた荻野目慶子さんが発見したのは、キッチンとリビングの間のドアに、マフラーで首を吊っている河合義隆さんの変わり果てた姿。警察の事情聴取に、荻野目慶子は、河合義隆が「別れるぐらいなら死にたい」と言っていたと、涙ながらに語ったそうです。

交際相手に起こった突然の出来事によって、失意のどん底にいた荻野目慶子さんですが、その約1年後に新たな交際相手が現れました。

荻野目慶子と深作欣二監督の壮絶な過去とは?

河合義隆さんの事件直後は、精神的苦痛を訴えており、女優業がままならない状態で、半休業状態が続いていました。そんな姿を見かねたとある映画監督が、荻野目慶子さんに救いの手を差し伸べました。

その映画監督というのが、荻野目慶子さんの復帰作とも言える映画『いつかギラギラする日』の監督である深作欣二さんです。

当時の荻野目慶子さんの年齢は28歳、深作欣二さんの年齢は65歳でした。交際スタートは半ば強引だったとの噂もあります。監督と出演者という関係上、荻野目慶子さんは深作欣二さんからの一方的なアプローチを断り切れなかったのではないかと言われています。

そういった経緯でスタートした交際でしたので、周囲はすぐに別れるものと思っていましたが、結果的には交際期間は約10年にも及びました。

そんな中、1996年に、深作欣二さんは前立腺がんを発病し、闘病生活に入ります。壮絶だったのは、副作用による男性機能の低下を懸念し、治療に有効とされるホルモン剤投与を拒んだことです。

そのため、世間では、「深作欣二さんは荻野目慶子さんとの肉体関係を、命より優先させた」と囁かれました。

荻野目慶子さんと深作欣二さんは、病院でも逢い引きを重ねていたのだとか。そして2003年、前立腺がんの脊髄転移により、深作欣二さんは亡くなりました。

2人の大物映画監督と浮名を流した荻野目慶子さんは、当時、世間から相当なバッシングを受けました。それだけではなく、女優としての立場も危うくなりかけました。

ですが、映画やドラマ、CM、イベントなど、あらゆる分野の仕事を精力的にこなした結果、女優としての息を吹き返しました。

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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