今回は、女優の草笛光子さんについてご紹介します。
草笛光子さんはかつて20代の若かりし頃に結婚していた過去があります。夫は芥川也寸志さんだったのですが、結婚生活2年足らずで離婚しています。離婚原因は連れ子との不仲だとの件に加え、草笛光子さんが結婚について語った「遅すぎた春」の真相にも迫ってみましょう。
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草笛光子と夫芥川也寸志の離婚原因は連れ子との不仲
草笛光子さんにはかつて、一度だけ結婚していたことがあります。そのことを知って驚く方もいらっしゃるかもしれませんが、結婚相手はあの文豪・芥川龍之介さんの三男で、作曲家であり指揮者でもある芥川也寸志さんです。
出典:nhk.or.jp
2人が結婚したのは1960年で、その当時の草笛光子さんの年齢は26歳、芥川也寸志さんの年齢は35歳でした。詳し馴れ初めに関しては明らかにされていませんが、芥川也寸志さんは映画音楽やCMの音楽を数多く手掛けていましたので、草笛光子さんと仕事上での接点があったと考えられます。
草笛光子さんは1950年(17歳のとき)に松竹歌劇団(SKD)に第5期生として入団し、淡路恵子さんや深草笙子さんと共にスリーパールズを結成していました。今で言うところのAKB48や乃木坂46のようなイメージでしょうか。豊かな歌唱力を持ち味としたステージで観客を魅了していた時期がありますので、芥川也寸志さんと出会って交際がスタートしたのもちょうどこの頃だったと推察されます。
草笛光子さんが芥川也寸志さんとの結婚を決意したのは、草笛光子さんが主演を務めていた舞台を観に来ていた姑・芥川文さんからの心のこもった一言を聞いたことでした。
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その一言というのは、「これほどまでに良い舞台をやり切れたんだから、もうそろそろお嫁に来てくれても良いんじゃない?」という内容でした。
姑からの優しい一言を聞き、主演としてのプレッシャーに押しつぶされそうになりながらも張りつめていた気持ちの糸がほろっと緩まった気がして、結婚することを決意しました。
姑からの温かい言葉で芥川家に迎え入れられた草笛光子さんではありましたが、結婚生活はそう長くは続きませんでした。結婚して1年9カ月で離婚してしまったのです。
草笛光子さんは結婚することが決まって実家に挨拶をした際に、涙を堪える余り、不意に「ちょっと行ってきます」と言ってしまったそうです。言霊というほど大袈裟なことではないのかもしれませんが、家を出る際に放った言葉通りになってしまいました。
さて、草笛光子さんと芥川也寸志さんが離婚した原因についてですが、どうやらそこには芥川也寸志さんの連れ子が大きく関係していることが分かりました。
芥川也寸志さんには、草笛光子さんと結婚するまでに既婚歴があり、そのお相手は画家の山田紗織さんでした。1948年に結婚し、2人の子供(いずれも女の子)が生まれたのですが、1957年に離婚しています。
長女は1948年に生まれた芥川麻実子さん(上の画像)ですが、この方が草笛光子さんのことを良く思っておらず、芥川也寸志さんが草笛光子さんと再婚してからも一切そりが合いませんでした。再婚した当時はとても多感な時期で、血がつながった親ですら煙たく感じることもあるぐらいです。そんな多感な時期に血のつながりがない赤の他人である草笛光子さんのことを受け入れることがどうしてもできなかったのでしょう。
さらには、女優という職業柄、家を空けることも多く、育児や家事よりも仕事に専念せざるを得ないときもあったはずですので、親子で共に過ごす時間が充分に取れなかったことも、親子仲が良くなかった一因だと考えられます。
芥川也寸志さんは草笛光子さんと離婚した後、1970年にエレクトーン奏者の江川真澄さんと再婚しています。結婚歴からも明らかな通り、芥川也寸志さんは女性からかなりモテていて、かつてはストーカー化した女性に対してきっぱりと別れの言葉を伝えた後にその女性が命を絶ったこともあるほどです。
草笛光子さんは芥川也寸志さんとの結婚生活中の様子について、幸せであるはずなのに、常に孤独を抱えていたと語っていました。
今から振り返ると、父親である芥川龍之介さんが自死を遂げるなど複雑な生い立ちの芥川也寸志さんに対して、心の傷の癒やし役となれなかったことを草笛光子さんは悔やんでいました。
以上から、草笛光子さんが芥川也寸志さんと離婚した原因の1つが、連れ子との不仲であることは間違いありませんが、お互いに多忙だったためにすれ違いが生じていたことも離婚原因に含まれているようです。
草笛光子と夫芥川也寸志の結婚が遅すぎた春だった理由
草笛光子さんは芥川也寸志さんとの結婚を振り返って、2人の関係を遅すぎた春だったと表現していたことがありました。
先ほどもお伝えした通り、結婚生活は1年9カ月と非常に短い期間だったのですが、草笛光子さんと芥川也寸志さんが出会ったのは、草笛光子さんが松竹歌劇団(SKD)に第5期生として入団し、淡路恵子さんや深草笙子さんと共にスリーパールズを結成していた頃だと推察されますので、まだ10代の頃だったと思われます。
出会って交際がスタートしてから結婚するまでに、約10年という長い期間が存在したことになります。出会ってから結婚するまでの期間がかなり長かったこから、草笛光子さんは遅すぎた春と発言したのだと思われます。
もし仮に、出会ってからもっと早い段階で結婚していたら、結婚生活が長く続いていたのかもしれませんが、こればかりはタイミングと巡り合わせもありますので、どうしようもないですね。
草笛光子と夫芥川也寸志に子供はいない
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草笛光子さんと芥川也寸志さんには子供はいません。
一方の芥川也寸志さんには、1人目の奥さんである山田紗織さんとの間に長女の芥川麻実子さんと次女(一般人ですので名前は不明です)が、そして草笛光子さんと離婚した後に再婚した3人目の奥さんである江川真澄さんとの間に長男の芥川貴之志さんがいます。
芥川貴之志さんは草笛光子さんと離婚した後にできた子供ですが、山田紗織さんとの間に生まれた長女の芥川麻実子さんと次女はかつて、戸籍上は草笛光子さんの娘だった時期があります。
このブログの冒頭でもお伝えした通り、草笛光子さんが芥川也寸志さんと離婚した原因の1つと考えられるのが、芥川麻実子さんとの不仲なのですが、このときの辛い経験から、自分に子供を育てることはできないと悟ったのかもしれません。
草笛光子が夫芥川也寸志との離婚後に再婚していない理由
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草笛光子さんが夫芥川也寸志さんとの離婚後に一度も再婚せずに未婚を貫いている理由、それは一緒に暮らす愛犬がいたからです。長らく独身生活が続いている草笛光子さんにとって、一緒に暮らす相棒まろ(黒のラブラドールレトリバー)の存在はとても大きなものでした。
草笛光子さんは芸能界を代表する愛犬家として知られていて、愛犬のまろをとにかく可愛がっていました。ところが、そんなまろが2018年に亡くなってしまったのです。
長く一緒に暮らしてきた愛犬の死でひどく落ち込んでいた草笛光子さんでしたが、近所にある行きつけの花屋さんに行った際に、運命の出会いが訪れたのです。草笛光子さん曰く新恋人だということなのですが、その新恋人とは、ゴールデンレトリバーのサヴィちゃんだったのです。
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パッと見るなり一目惚れしてしまった草笛光子さんは、いつ来るかもわからない恋人をその花屋さんで待ち伏せするようになったそうです。毎日のように花屋さんに通って一途に待ち続けた結果、ついに飼い主さんと連絡先を交換することができたそうで、それ以降はお花屋さん以外でもしょっちゅう会うようになり、会うたびにいつもおやつをあげているため、今では相思相愛の関係になっているそうです。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。