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コシノヒロコさんの夫について調べると、最初の夫と、後年の夫として知られる写真家・村上煕(むらかみ ひろし)さんの2人が出てきます。
コシノヒロコさん自身が2026年のインタビューで明かしているのは、若い頃に結婚し、39歳で離婚したという事実です。最初の結婚では2人の娘に恵まれましたが、夫婦関係では多くの苦労を経験したことも率直に語っています。
一方、「コシノヒロコさんの夫は蕎麦屋」という情報が広まった背景にいるのが、元ファッション写真家の村上煕さんです。村上さんは芦屋の蕎麦店「むら玄」のオーナーとして知られ、店はミシュランガイドで一つ星を獲得した実績もあります。
ただし、ネット上には古い情報が現在形のまま残っているため、「現在の夫が村上煕さんで、今も蕎麦屋を経営している」と単純に理解するのは注意が必要です。
ここでは本人の近年の発言や新聞・公式情報を優先しながら、最初の夫との結婚と離婚、村上煕さんとの関係、蕎麦屋「むら玄」、2人の娘、89歳となった現在までを順番に整理します。
コシノヒロコの夫は誰?最初の結婚から離婚までを整理
最初の夫は松島久三郎さんとされている
コシノヒロコさんの最初の夫については、家系資料などで松島久三郎さんという名前が確認されています。
ただし、ここは情報の出どころを区別しておく必要があります。コシノヒロコさん本人は近年のインタビューで最初の夫との結婚生活について詳しく話しているものの、そこで「松島久三郎」という実名を明かしているわけではありません。
本人の発言として確認しやすいのは、学生時代に出会った男性だったこと、良家の一人息子だったこと、結婚後に小篠家の養子となったことなどです。
2005年に産経新聞へ掲載され、2024年にアーカイブとして再掲載されたインタビューでは、コシノヒロコさんが文化服装学院、夫が学習院に通っていた時代の学生結婚だったと紹介されています。
また、2026年のアンミカさんとの対談では、学生時代に下宿先が近かったことで親しくなったと本人が振り返っています。
そのため、「最初の夫は松島久三郎さん」とする情報と、「学習院に通っていた男性と学生時代に知り合って結婚した」という本人発言は分けて捉えるのが正確です。
芸能人の家族情報では、複数のサイトに同じ名前が掲載されているだけで事実と断定されてしまうことがあります。コシノヒロコさんの場合も、本人が直接語っている部分と周辺資料で確認される部分を区別することで、結婚歴がより分かりやすくなります。
23歳で結婚し2人の娘に恵まれた
コシノヒロコさんは23歳の頃に結婚し、その後2人の娘に恵まれています。
当時のコシノヒロコさんは、ファッションデザイナーとして本格的に歩み始めたばかりでした。文化服装学院を卒業した後、大阪へ戻り、母・小篠綾子さんの仕事を手伝いながら自身のデザイナーとしての道を模索していきます。
1964年には大阪・心斎橋に自身の店をオープン。独創的なデザインが評価され、仕事の規模も次第に大きくなっていきました。
一方、家庭では子育ても同時進行でした。
世界的デザイナーとなった現在の姿だけを見ると、若い頃から華々しい人生を歩いてきたように感じますが、本人のインタビューから見えてくる30代はまったく異なります。
店の経営、デザイン、スタッフへの給与、子育て、夫婦関係など、複数の問題を一度に抱えていた時期でした。
朝日新聞のインタビューでも、23歳で結婚して2人の娘に恵まれた一方、30代には夫との関係が冷え切っていたことを本人が振り返っています。
つまり、コシノヒロコさんの最初の結婚を理解するには、「若くして結婚した」という事実だけではなく、デザイナーとして急速に成長していった時期と夫婦生活が重なっていたことを見る必要があります。
夫婦関係が悪化した理由を本人が率直に語っている
コシノヒロコさんと最初の夫が離婚した背景については、本人自身が複数のインタビューで詳しく語っています。
単なる「価値観の違い」だけで離婚したわけではありません。
朝日新聞のインタビューでは、夫の女性関係について触れています。また産経新聞に掲載されたインタビューでは、コシノヒロコさんの知名度が高まっていく一方で、夫は酒に走り、コシノさんに手を上げることもあったと本人の証言として紹介されています。
2026年のアンミカさんとの対談では、さらに当時の状況を具体的に振り返っています。
夫は遊興に多くのお金を使っていたうえ、外出先で「コシノヒロコさんの夫」と見られることを快く思っていなかったといいます。
また、コシノヒロコさんが長女だったため、夫が小篠家の養子となり名字を変えたことについても、本人は夫にとってコンプレックスだったのではないかと振り返っています。
デザイナーとしてコシノヒロコさんの名前が広く知られるようになるほど、夫婦の立場にも変化が生じていったようです。
そのため離婚理由を一つに限定するより、女性関係、酒や金銭面、家庭内での衝突、夫婦それぞれの仕事や立場の変化などが重なった結果と見る方が、本人の証言に沿っています。
39歳で離婚し「これからが自分の人生」と再出発
コシノヒロコさんが最初の夫と離婚したのは39歳のときです。
2026年の対談でも本人が「39才で離婚した」と明言しており、若い頃の結婚を自分の人生における大きな失敗だったという趣旨で振り返っています。
しかし、この離婚はコシノヒロコさんの人生を理解するうえで、単なる私生活上の挫折ではありません。
長く苦しい夫婦生活から離れたことで、本人の気持ちにも大きな変化が生まれました。
離婚後については、「これからが自分の人生」という思いを持つようになったことを後年のインタビューで語っています。
そして40代に入ると、コシノヒロコさんの活動は一気に世界へ広がっていきます。
1978年、41歳のときにはローマの「アルタ・モーダ」に日本人として初めて参加。その後はパリをはじめ海外へ活動の場を広げ、日本を代表するファッションデザイナーとして世界的な評価を確立しました。
もちろん、離婚そのものが世界進出の成功を生んだという意味ではありません。
ただ、本人が離婚後に精神的な落ち着きを取り戻し、自分の人生と創作に向き合えるようになったと振り返っていることから、39歳前後が大きな転換点だったことは間違いないでしょう。
コシノヒロコの再婚相手とされる村上煕と蕎麦屋「むら玄」
村上煕さんはもともとファッション写真家だった
最初の夫との離婚後、コシノヒロコさんの夫として知られる人物が村上煕さんです。
「コシノヒロコさんの夫=蕎麦職人」という印象を持つ人も多いかもしれませんが、村上さんはもともとファッション写真の世界で活動していた人物でした。
過去の資料では、アラミスやレナウンなどの広告写真を手がけたファッションフォトグラファーとして紹介されています。
関西のファッション界で広告写真が発展していった時代に活躍しており、コシノヒロコさんと同じくクリエイティブな世界で仕事をしていた人物です。
後に蕎麦の世界へ進んだ経歴だけを見ると、ファッションデザイナーと蕎麦職人という異色の夫婦に見えます。
しかし、村上さんの原点がファッション写真にあったと分かれば、2人がともに「美」を扱う仕事に携わってきたことが見えてきます。
過去の店舗紹介でも、「コシノヒロコさんの夫・元写真家の村上煕さん」として紹介された記録があります。
村上さんを単に「蕎麦屋の主人」と説明するだけでは、この人物像の重要な部分が抜け落ちてしまうのです。
村上煕さんとの再婚時期や馴れ初めは詳しく公表されていない
村上煕さんはコシノヒロコさんの後年の夫として複数の資料で紹介されていますが、再婚した正確な時期や詳しい馴れ初めについては、信頼性の高い本人インタビューでは多く語られていません。
ここは検索上位の記事でも情報が混在している部分です。
「仕事で知り合って意気投合した」「芸術家同士として惹かれ合った」などの説明が掲載されているサイトもありますが、その経緯をコシノヒロコさん本人が詳しく語った一次情報を確認できない以上、事実として断定するのは避けた方がよいでしょう。
確認しやすいのは、村上さんが元写真家だったこと、過去に「コシノヒロコさんの夫」として紹介されていること、そして蕎麦店「芦屋川 むら玄」のオーナーとして知られていたことです。
芸能人の結婚情報では、年月が経つにつれて「おそらくこうだった」という説明が事実のように転載されることがあります。
村上さんとの関係についても、確認できる事実と、馴れ初めなど詳細が確認できない部分を分けておくことが重要です。
「夫は蕎麦屋」と検索される理由は芦屋川むら玄
「コシノヒロコ 夫 蕎麦屋」と検索される理由が、兵庫県芦屋市にある「芦屋川 むら玄」です。
村上煕さんは元写真家でしたが、後年は蕎麦に深くのめり込み、「むら玄」のオーナーとして知られるようになりました。
店舗は芦屋川上流の自然豊かな場所にあり、一般的な街中の蕎麦店とはかなり異なるロケーションです。
過去に店舗を訪れた記録では、村上さんがコシノヒロコさんの夫で元写真家だったことに加え、店内の調度品や食器などにコシノヒロコさんのデザインが取り入れられていたと紹介されています。
蕎麦の味だけでなく、建物、家具、器、周囲の自然を含めた空間全体が印象に残る店として知られてきました。
こうした背景を考えると、元写真家の村上さんとデザイナーのコシノヒロコさん、それぞれの美意識が店の世界観にも反映されていたことがうかがえます。
「ファッションデザイナーの夫がなぜ蕎麦屋なのか」という疑問も、村上さんがもともと創作の世界にいた人物だったことを知れば、見え方が変わってくるでしょう。
芦屋川むら玄はミシュラン一つ星を獲得した実績がある
芦屋川むら玄は、ミシュランガイドで評価された実績のある蕎麦店です。
2015年版の「ミシュランガイド関西」で一つ星を獲得した店として紹介されています。
ここで注意したいのが、「ミシュラン一つ星の店」という表現です。
検索上位の記事には現在も一つ星を獲得しているかのように読めるものがありますが、正確には「2015年版で一つ星を獲得した実績がある」と表現する方が適切です。
ミシュランガイドの評価は年度ごとに変わるため、過去の受賞歴と現在の評価を混同してはいけません。
村上さんについても同様で、過去に店のオーナーとして紹介された事実と、現在の店舗運営状況を分けて考える必要があります。
それでも、趣味の域を超えて蕎麦に取り組み、店がミシュランガイドから評価されたという経歴は、村上さんを語るうえで象徴的なエピソードといえるでしょう。
「村上煕さんが現在もむら玄を経営」とする情報には注意
コシノヒロコさんの夫について調べる際、最も注意したいのが情報の「時点」です。
ネット上には現在も、「夫の村上煕さんが芦屋でむら玄を経営している」と現在形で説明する記事があります。
しかし、過去の展覧会資料などには村上さんを故人として扱う情報があり、少なくとも古い店舗紹介の文章をそのまま2026年現在の状況として使うのは適切ではありません。
一方で、「芦屋川 むら玄」という店舗自体は、その後も店舗情報や利用者の記録が確認されています。
ここで混同しやすいのは、「店が現在も存在していること」と「当時のオーナーが現在も経営していること」は別だという点です。
過去の記事では、店舗の存在を根拠に村上さんを現在の夫・現役オーナーとして紹介しているケースも見られます。
そのため、コシノヒロコさんの現在の夫について知りたい場合、「村上煕さんが後年の夫として知られている」というところまでは確認できますが、古い情報をもとに「現在も夫婦で暮らし、村上さんが蕎麦屋を経営している」と断定するのは避けるべきです。
2026年現在に確認できるコシノヒロコさん本人のインタビューや公式情報では、新たな配偶者について積極的に公表している状況も確認できません。
コシノヒロコの娘2人と現在の家族・仕事
娘は長女・小篠由佳さんと次女・小篠ゆまさん
コシノヒロコさんには、最初の結婚で生まれた2人の娘がいます。
長女は小篠由佳さん、次女は小篠ゆまさんです。
2人とも現在、母・コシノヒロコさんの仕事と深く関わっていますが、その役割は異なります。
長女の小篠由佳さんは経営面からブランドを支えてきた人物です。2016年には株式会社ヒロココシノのトップ交代が発表され、小篠由佳さんが代表取締役社長に就任しました。
2026年に東京ファッションデザイナー協議会が発表した新体制でも、小篠由佳さんは株式会社ヒロココシノの代表取締役社長として紹介されています。
一方、次女の小篠ゆまさんは母と同じファッションデザイナーの道へ進みました。
2026年8月に発表された東京ファッションデザイナー協議会の役員体制では、株式会社ヒロココシノの代表取締役副社長として小篠ゆまさんの名前が掲載されています。
さらに同協議会の理事にも就任しました。
つまり現在のヒロココシノは、母のコシノヒロコさんだけで成り立っているブランドではありません。
長女の由佳さんが経営を担い、次女のゆまさんがデザイナーとしての感性と経営の両面から関わるなど、娘たちも重要な役割を担っています。
89歳の現在もファッションとアートの第一線で活動
コシノヒロコさんは1937年生まれで、2026年現在89歳です。
現在も引退しておらず、ファッションデザイナー、アーティストとして精力的に活動しています。
2026年には東京都現代美術館で大規模展「(UN)KNOWN HIROKO KOSHINO ―新説/真説 コシノヒロコ―」が開催されました。
この展覧会では、ファッション作品だけでなく、絵画、書、映像、空間表現など、長年にわたる幅広い創作活動が紹介されています。
同年8月にはテレビ朝日が89歳のコシノヒロコさんに密着。
現在も子ども向けのファッションプロジェクトに参加する一方、自宅では絵画や三味線などにも取り組み、旺盛な創作意欲を保っている様子が紹介されました。
若い頃の結婚生活では仕事と家庭の両方に苦労し、39歳で離婚。その後は海外へ飛び出し、80代後半となった現在も新しい表現へ挑戦し続けています。
夫について調べることから始めても、その背景をたどると、結婚や離婚を含めたさまざまな経験がコシノヒロコさんの長い人生の一部だったことが分かります。
現在は芦屋と東京を行き来する生活を続けている
2026年現在のコシノヒロコさんは、兵庫県芦屋市の自宅と東京の仕事場を行き来する生活を続けています。
コシノ三姉妹の対談では、芦屋の自宅と東京の仕事場を週に数回、飛行機で往復する生活を長年続けていると本人が語っています。
2026年8月のテレビ朝日の密着取材でも、普段は東京で活動し、週末には芦屋の自宅へ戻る生活が紹介されました。
芦屋では絵を描き、三味線を練習し、愛犬と過ごす一方、東京ではデザイナーとして仕事を続けています。
ここでも、「現在は夫と芦屋の豪邸で暮らしている」といった古いネット記事の説明を、そのまま現在の事実として扱うべきではありません。
現在の本人への取材で確認できるのは、芦屋の自宅を大切な生活拠点としながら、東京との往復を続け、自分の創作活動に向き合っている姿です。
結婚生活に悩んでいた30代から約半世紀。現在のコシノヒロコさんは、自分自身の創作を中心に据えた生活を89歳になっても続けています。
コシノヒロコの夫と結婚歴について分かっていること
- コシノヒロコは23歳頃に学生時代に知り合った男性と結婚した
- 最初の夫の名前は家系資料などで松島久三郎とされている
- 本人の近年のインタビューでは最初の夫の実名までは明かされていない
- 最初の夫は学習院に通っていた男性だったと過去のインタビューで紹介されている
- 夫は小篠家の養子となり小篠姓を名乗ったと本人が語っている
- 最初の結婚では長女・小篠由佳と次女・小篠ゆまの2人の娘に恵まれた
- 夫婦関係では女性関係や酒、金銭面、家庭内の衝突など複数の問題があった
- コシノヒロコは39歳で最初の夫と離婚した
- 離婚後は自分の人生と創作へ気持ちを切り替え、40代に世界へ活動を広げた
- 後年の夫として知られている村上煕は元ファッション写真家である
- 村上煕は芦屋川むら玄のオーナーとして知られ、蕎麦の世界でも注目された
- 芦屋川むら玄は2015年版ミシュランガイド関西で一つ星を獲得した実績がある
- 村上煕と現在のむら玄を同一の現在情報として扱う古い記事には注意が必要である
- 2026年現在、長女・由佳は会社経営、次女・ゆまはデザインと経営の両面からブランドを支えている
- コシノヒロコは89歳の現在も芦屋と東京を往復しながら現役で創作活動を続けている