城之内早苗の旦那木村忠寛は敏腕プロデューサー!離婚歴ありで子供はいない

Pocket

出典:news.ntv.co.jp

今回は、演歌歌手の城之内早苗さんについてご紹介します。

元おニャン子クラブでアイドルとして活動していた時もある城之内早苗さんの旦那さんである木村忠寛さんは敏腕プロデューサーです。離婚歴があるのですが子供はいないようです。女癖が悪いとの噂の真相と現在の夫婦仲についても調べてみました。

城之内早苗の旦那木村忠寛は敏腕プロデューサー

出典:hustlepress.co.jp

城之内早苗さんの旦那さんは木村忠寛さんで、2004年12月に結婚しました。結婚した当時の城之内早苗さんの年齢は36歳で、一方の木村忠寛さんは52歳でした。

16歳も年上で城之内早苗さんのハートを射止めた木村忠寛さんは、獨協大学を卒業した後、フジテレビに入社し、大人気番組『夕やけニャンニャン』のディレクター、『ものまね王座決定戦』のプロデューサーを務めるなど、まさにテレビ界の寵児として大活躍していました。

その後、『新春かくし芸大会』や『おそく起きた朝は・・・』などの看板番組を担当したり、フジテレビが長崎のハウステンボスに開設しているライド型VRアトラクションのプロデューサーを務めらりするなど、マルチな才能を遺憾なく発揮していました。

ですが一方で、木村忠寛さんには良からぬ噂も出回っていました。

スポンサードリンク

出典:engekisengen.com

1992年に、木村忠寛さんとものまねタレントの大御所であるコロッケさんとの間に確執が生じたことがきっかけで『ものまね王座決定戦』をはじめとするものまね番組を降板したとの噂です。

噂によると、木村忠寛さんが所属プロダクションから金銭を受け取っていた、番組の制作費を私的に使い込んでいたとの疑惑があったそうです。事の真相は明らかにされていませんが、木村忠寛さんがコロッケさんの番組降板に少なからず関わっていた可能性はあります。

コロッケさん降板後も木村忠寛さんは『ものまね王座決定戦』のプロデューサー業を続け、ものまねタレントではない芸人や、元アイドルといった人たちにあまり似ていないものまねをさせることによって、新たな境地を見出していきました。

一方、フジテレビのものまね番組を降板したコロッケさんは、日本テレビが立ち上げた『ものまねバトル』に出演し視聴率が急上昇、フジテレビの『ものまね王座決定戦』の視聴率が低下したため、木村忠寛さんは番組制作部からライツ開発局(現在のライツ事業部)に左遷させられてしまったと言われています。

ですが、ライツ開発局に異動してからも、フジテレビの様々なコンテンツやグッズを売り出すための様々な戦略構築に携わるなど、敏腕プロデューサーとしての腕は衰え知らずでした。

城之内早苗と旦那木村忠寛の馴れ初めはおニャン子クラブ再結成だった

出典:fujitv-view.jp

城之内早苗さんは、木村忠寛さんが『夕やけニャンニャン』のディレクターをしていた頃からの知り合いでしたが、お互いの第一印象は最悪だったそうです。

城之内早苗さんは芸能界デビューして間もない10代で、右も左も分からない状態でしたので、スタッフや仕事関係者に対する話し方や接し方を充分に教わっていない状態でしたし、一方の木村忠寛さんはディレクターとして若い出演者に対して高圧的ともとられかねないような態度で接していたこともあるため、お互いの印象がとても悪くなってしまいました。

その後、お互いのことを知っていくに連れて印象は良くなっていったそうですが、それでも城之内早苗さんは木村忠寛さんに対して不満を抱え続けていました。

出典:reminder.top

不満内容は、木村忠寛さんが城之内早苗さんのソロデビュー曲である『あじさい橋』のPVを担当したことでした。この頃の木村忠寛さんは、『夕やけニャンニャン』のディレクターに就任したばかりで、管理職と言えどもまだまだ若手の部類に属していました。

城之内早苗さんからすると、どうして周りのメンバーはベテランのディレクターが担当に付いているのに、なぜ自分だけ若手のディレクターなんだと不満に感じていたそうです。

そんな不安定な関係からスタートしたわけですが、詳しく知らなかったおニャン子クラブを担当していくうちに、様々な企画やイベントを通じて心が通じ合うようになり、いつしか師弟関係のような間柄に発展していました。

そして、1987年におニャン子クラブが解散すると、城之内早苗さんは本格的に演歌歌手としての活動をスタートさせます。そしてさらには歌手活動に加えて女優業にも挑戦し、1994年にはTBS系で放送されていたドラマ『江戸を斬る』に出演し、一躍脚光を浴びました。

スポンサードリンク

出典:twitter.com

そして、フジテレビ系で放送されていた『ものまね王座決定戦』にもレギュラー出演するなど、バラエティー番組でもその才能を発揮していました。

実は、『ものまね王座決定戦』出演は、木村忠寛さんの勧めによるものでした。先ほどもお伝えした通り、『ものまね王座決定戦』は木村忠寛さんがプロデューサーを務めていた番組で、木村忠寛さんは城之内早苗さんに対して、今後歌手として活動していくのであればもっともっとテレビに出て顔と名前を売っておいた方がいいと助言してくれたのです。

出典:nicovideo.jp

結果的にはこの助言が功を奏し、『ものまね王座決定戦』に出演したことがきっかけで小林幸子さんや島倉千代子さんといった大御所と交流を持つことができただけではなく、様々な仕事が入ってくるようになりました。

そして、城之内早苗さんと木村忠寛さんが交際するきっかけとなったのは、2002年に行われたおニャン子クラブの再結成でした。

出会った当初の第一印象は最悪だった2人ですが、演者とスタッフという間柄を超えた関係を長く構築していたため、久しぶりの再会でも違和感は全くなかったそうです。

城之内早苗の旦那木村忠寛には離婚歴あり

出典:otokaze.jp

木村忠寛さんには離婚歴があるようです。前妻がどのような人だったのかは定かではありませんが、離婚した理由は木村忠寛さんの女癖の悪さではないかと言われています。

かつて木村忠寛さんには、フジテレビの人気アナウンサーだった中井美穂さんや浅田美代子さんとの不倫が報じられたことがありました。

木村忠寛さんを良く知る人によると、前妻とは木村忠寛さんの女性スキャンダルが原因で離婚したのではないかということです。

若い頃のこととは言え、女癖の悪い木村忠寛さんと結婚しようと決意した城之内早苗さんの器の大きさには感服しますが、木村忠寛さんには女性を惹きつける独特の魅力があるのでしょう。

城之内早苗と旦那木村忠寛に子供はいない

出典:ameblo.jp

城之内早苗さんと木村忠寛さんに子供はいません。念のため調べてみましたが、木村忠寛さんと前の奥さんとの間にも子供はいないようです。

結婚した当時の城之内早苗さんの年齢は36歳で、木村忠寛さんの年齢は52歳でしたので、様々なリスクを考慮して子供を望まなかったのかもしれません。

今であれば40代になってからでも出産する人がいますが、当時、城之内早苗さんの年齢での出産は高齢出産で、母体や赤ちゃんに様々なリスクがあることを考慮して子供を作るという選択をしなかったのではないかと考えられます。

城之内早苗と旦那木村忠寛の夫婦仲

出典:barks.jp

城之内早苗さんは、木村忠寛さんとの結婚生活について、お互いのことをよく知りすぎているため、それが逆に上手くいく秘訣になっていると話していたことがありました。

出会って間もない頃のお互いの印象が非常に悪かっただけに、今ではお互いがお互いを必要とし合う関係が構築されていて、お互いの仕事やプラーベートを尊重し合えるような、ちょうど良い距離感での夫婦関係が構築されています。

休みの日には2人っきりで近所を散歩したり、ショッピングや食事に出掛けたりするなど、これまで若い頃にはできなかったような夫婦の楽しみを見つけては、その時間をお互いに共有し合っています。

城之内早苗と旦那木村忠寛が離婚する可能性

出典:natalie.mu

城之内早苗さんと木村忠寛さんが結婚しておよそ20年の年月が経過していますが、夫婦仲は火を増すごとに良好で強固なものになっていると実感しているそうです。

お互いにファーストインプレッションが相当悪かっただけに、今ではその反動からお互いに必要とし合える関係が築かれていますので、そういった面を考慮すると、離婚する可能性は低いと言えます。ですが、木村忠寛さんの女癖の悪さが完全に解消されているとは言い切れないため、その一面まで考慮すると、木村忠寛さんの女性問題が原因で離婚ということになるかもしれません。

くれぐれもそうならないように、木村忠寛さんには注意していただき、城之内早苗さんもしっかりと木村忠寛さんのことを見張っておいていただきたいと思います。

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

スポンサードリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする