※本サイトのコンテンツには、商品プロモーションが含まれています。
渡瀬マキさんの旦那が誰なのか、どんな人物なのか気になっている人は多いのではないでしょうか。リンドバーグの渡瀬マキさんの旦那は、同じLINDBERGでギターを担当する平川達也さんです。
二人は渡瀬マキさんがアイドルとして活動していた時代に、歌手とバックバンドのギタリストとして出会い、その後LINDBERGを結成して音楽活動をともにしてきました。平川達也さんは大ヒット曲の今すぐKiss Meを作曲した人物でもあり、1997年に渡瀬マキさんと結婚してからは夫婦として二人の子供にも恵まれています。
この記事では、渡瀬マキさんと旦那の平川達也さんとの馴れ初めや結婚までの経緯、長男と長女について詳しく紹介します。さらに、現在の夫婦仲やタツマキでの活動、株式会社ティンカティンカの設立、夫婦で音楽を続ける関係性まで分かりやすくまとめています。
渡瀬マキの旦那は平川達也!馴れ初めや結婚までの経緯を詳しく解説
- 旦那は平川達也!年齢・出身地・プロフィールを紹介
- リンドバーグ渡瀬マキの旦那・平川達也はどんなギタリスト?
- 旦那との馴れ初めはアイドル時代のバックバンドだった
- 旦那との出会いがバンド結成につながった経緯
- 旦那と1997年に結婚!結婚時期と夫婦の歩み
- 旦那が作曲した「今すぐKiss Me」と音楽活動
旦那は平川達也!年齢・出身地・プロフィールを紹介
渡瀬マキさんの旦那は、ロックバンドLINDBERGでギターを担当している平川達也さんです。渡瀬マキさんといえば、今すぐKiss Meなどのヒット曲で知られるLINDBERGのボーカルですが、実は夫婦そろって同じバンドのメンバーなんですよ。ここ、気になりますよね。
平川達也さんは1962年2月27日生まれで、2026年8月時点では64歳です。渡瀬マキさんは1969年2月22日生まれなので、平川達也さんのほうが7歳年上になります。出身地は静岡県浜松市で、血液型はO型。職業はギタリストだけにとどまらず、作曲や楽曲提供、音楽プロデュース、CM楽曲制作など幅広い分野で活動してきました。公式サイトでも、ギタリスト・楽曲提供・プロデュース・CM楽曲制作が主な活動として紹介されています。
プロフィールを整理すると、次のようになります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 平川達也さん |
| 生年月日 | 1962年2月27日 |
| 年齢 | 64歳(2026年8月時点) |
| 出身地 | 静岡県浜松市 |
| 血液型 | O型 |
| 職業 | ギタリスト・作曲家・プロデューサーなど |
| 所属バンド | LINDBERG |
| 妻 | 渡瀬マキさん |
| LINDBERGでの担当 | ギター |
| 主な作曲作品 | 今すぐKiss Meなど |
平川達也さんが本格的にギタリストとして歩み始めたのは1980年代です。公式プロフィールによると、1985年にギタリストの土方隆行さんに師事し、その後1987年には、まだアイドルとして活動していた渡瀬マキさんのバックバンドに参加しました。つまり、渡瀬マキさんと平川達也さんの関係は、最初から恋人や夫婦として始まったわけではなく、歌手とバックバンドのギタリストという音楽仲間としてスタートしたことになります。
その翌年の1988年には、渡瀬マキさん、平川達也さん、ベースの川添智久さん、ドラムの小柳cherry昌法さんの4人でLINDBERGを結成しました。そして1989年にバンドとしてデビューしています。現在では渡瀬マキさんの旦那として知られる平川達也さんですが、LINDBERGの歴史を振り返ってみると、渡瀬マキさんの音楽人生そのものにかなり早い段階から関わっていた人物だと分かります。
さらに印象的なのが、LINDBERGを代表するヒット曲の一つである今すぐKiss Meを作曲したのが平川達也さんだという点です。1990年にリリースされた同曲は、フジテレビ系ドラマ世界で一番君が好き!の主題歌に採用され、オリコンシングルチャートで3週連続1位を記録しました。渡瀬マキさんのパワフルな歌声が強く印象に残る曲ですが、そのメロディーを生み出したのが旦那の平川達也さんだったわけですね。
二人が結婚したのは1997年です。出会ったのは1980年代後半ですから、音楽仲間として長い時間を過ごしたうえで夫婦になったことになります。単純に芸能人同士が出会って結婚したというより、バンドの結成前から一緒に曲を作り、ライブやレコーディングを経験し、LINDBERGが人気バンドになっていく過程を共有してきた二人なんですよ。
平川達也さんは2022年には株式会社ティンカティンカを設立し、代表取締役に就任しています。公式サイト自体も平川達也さんと渡瀬マキさんのオフィシャルサイトとして運営されており、夫婦は現在も音楽活動を軸につながっています。
渡瀬マキさんの旦那について調べると、どうしても渡瀬マキさんの夫という紹介が最初に目につきます。ただ、経歴を詳しく見れば、平川達也さん自身も1980年代から活動を続けてきたプロのギタリストであり、作曲家、プロデューサーでもあります。LINDBERGのサウンドを作ってきた重要人物の一人であり、その平川達也さんと渡瀬マキさんが長年夫婦として一緒に音楽を続けているところが、二人の関係の大きな特徴といえそうです。
リンドバーグ渡瀬マキの旦那・平川達也はどんなギタリスト?
リンドバーグの渡瀬マキさんの旦那である平川達也さんは、単にバンドでギターを弾いているメンバーというだけではありません。LINDBERGの楽曲制作にも深く関わり、作曲家やプロデューサーとしても活動してきたミュージシャンです。渡瀬マキさんの歌声を支えるギタリストであると同時に、バンドの代表曲を生み出したクリエイターでもあるんですよ。
平川達也さんの音楽家としての経歴をたどるうえで重要なのが1985年です。この年、平川達也さんはプロギタリストとして数多くのレコーディングに参加してきた土方隆行さんに師事しています。その後、1987年になるとアイドル歌手として活動していた渡瀬マキさんのバックバンドにギタリストとして参加しました。
当時の渡瀬マキさんは、アイドルとして活動していたものの、自分が本当にやりたい音楽との間に違和感を感じていたと後年語っています。そこでバックバンドとして出会った平川達也さんに、自分でノートに書いていた歌詞を見せたところ、平川達也さんが曲をつけてきたことが、二人の音楽的な関係を深める大きなきっかけになりました。
自分が書いた言葉に平川達也さんがメロディーをつけ、それを実際にバンドで演奏して歌う。その体験によって渡瀬マキさんは、自分がやりたかった音楽の形を見つけていきます。その後、平川達也さんが音楽仲間だった川添智久さんと小柳cherry昌法さんを呼び、1988年に4人でLINDBERGを結成しました。平川達也さんは、渡瀬マキさんと出会っただけでなく、結果的にLINDBERG誕生にも大きく関わった人物だったわけです。
ギタリストとしての平川達也さんを語るうえで外せないのが、1990年に大ヒットした今すぐKiss Meです。この曲は平川達也さんが作曲を担当しており、ドラマ世界で一番君が好き!の主題歌として広く知られるようになりました。オリコンでは3週連続1位を記録し、LINDBERGの名前を全国区に押し上げる大きなきっかけになっています。
今すぐKiss Meは、イントロから勢いよく始まり、そのまま渡瀬マキさんのボーカルへとつながっていく疾走感が印象的な楽曲です。渡瀬マキさんの明るくエネルギッシュな歌声と、平川達也さんが作ったキャッチーなメロディーとの相性がよく、LINDBERGらしさを象徴する一曲になったとも考えられます。
平川達也さんの活動はLINDBERGだけに限られていません。1996年には代表曲をインストゥルメンタルにアレンジしたアルバムLINDBERG INSTRUMENTALをリリース。2002年には渡瀬マキさんのソロアルバムHappiness on The Kitchen Tableをプロデュースしています。さらに2004年にはsacra、The Rainmakers、神楽などのプロデュースを担当し、2005年には日本テレビ系のオーディション番組歌スタ!!で審査員も務めました。
つまり、プレイヤーとしてギターを弾くだけでなく、楽曲を作る側、アーティストを育てる側、音楽を評価する側まで経験しているんです。このあたりを見ると、平川達也さんが長年音楽業界で活動できている理由も見えてきますよね。
2009年には渡瀬マキさんと一緒に、テレビ東京系番組ファイテンション☆テレビとファッション誌nicolaから誕生したアイドルユニットmerry merry Booを共同プロデュースしました。同じ年には渡瀬マキさんのソロライブをギタリストとしてサポートし、LINDBERG結成20周年を機に期間限定でバンド活動も再開しています。
さらに2010年には渡瀬マキさんと二人でユニット、タツマキを結成。2013年には5曲入りCDタツマキベイベーをリリースしています。夫婦でありながらLINDBERGのメンバーでもあり、さらに二人だけのユニットでも活動するという、かなり珍しい関係ですよね。
2014年にはLINDBERGが本格的に活動を再開し、その後もライブやイベントへの出演を続けています。ORICONのプロフィールでも、平川達也さんは現在もLINDBERGのギター担当として紹介されており、2026年にもテレビ番組への出演歴が掲載されています。
また、2018年にはミュージシャン本人から楽曲の演奏方法を学べるサービスMASTER SCOREで講座を開始しており、長年積み重ねてきたギタリストとしての技術や経験を伝える活動にも取り組んでいます。2022年には株式会社ティンカティンカを設立し、代表取締役に就任しました。
こうして経歴を追ってみると、リンドバーグの渡瀬マキさんの旦那である平川達也さんは、表舞台で派手に目立つタイプというより、ギター、作曲、アレンジ、プロデュースなど複数の立場から音楽を作り続けてきた職人気質のミュージシャンと見ることができます。
そして何より興味深いのは、渡瀬マキさんとの関係です。アイドル時代のバックバンドで出会い、渡瀬マキさんが書いた言葉に平川達也さんが曲をつけ、その流れからLINDBERGが生まれました。その後バンドが大ブレイクし、二人は結婚。何十年たっても夫婦としてだけでなく音楽仲間として同じステージに立っています。
渡瀬マキさんの旦那は誰なのかという疑問から平川達也さんを知った人にとっては、夫という肩書き以上に、LINDBERGの音楽を形作ってきた中心人物の一人だったことが大きなポイントかなと思います。
旦那との馴れ初めはアイドル時代のバックバンドだった
渡瀬マキさんと旦那の平川達也さんの馴れ初めをたどると、二人の関係は恋愛からではなく、音楽の仕事を通じた出会いから始まっています。渡瀬マキさんがまだLINDBERGを結成する前、アイドル歌手として活動していた1987年ごろ、所属事務所が用意したバックバンドのメンバーの一人として参加していたのが平川達也さんでした。つまり、最初の関係は歌手とギタリストだったんですね。ここ、気になりますよね。
渡瀬マキさんは1987年にアイドル歌手としてデビューしていますが、当時の活動には少しずつ違和感を覚えるようになっていました。本人が後年のインタビューやテレビ番組で振り返った内容によると、楽曲そのものが嫌だったわけではなく、衣装やステージ、カラオケを使った歌唱なども含め、アイドルとして用意された活動全体にしっくりこない感覚があったようです。
そこで事務所側が考えたのが、カラオケではなく生バンドをバックにつけて歌うスタイルでした。そのバックバンドにいたのが平川達也さんです。平川達也さんは1962年生まれで、渡瀬マキさんより7歳年上。すでにギタリストとして音楽に取り組んでおり、1985年にはギタリストの土方隆行さんに師事していた経歴があります。
二人の出会いについて渡瀬マキさんは、平川達也さんを初めて見たとき、自分の父親に似ていると感じたことから親近感を持ったとテレビ番組で語っています。いきなり恋愛対象として意識したというより、どこか身近に感じられる存在だったようですね。
その後、二人の距離を音楽的に一気に近づける出来事が起こります。当時の渡瀬マキさんは、自分の感じたことや考えたことをノートに歌詞のような形で書きためていました。それを平川達也さんに見せたところ、平川達也さんが曲をつけてくれることになったのです。
次のリハーサルの際、平川達也さんは実際にメロディーを作って持ってきました。渡瀬マキさんは、自分が書いた言葉に曲がつき、それを生バンドの演奏で歌ったときに強い感動を覚えたと振り返っています。後にLINDBERGのファーストアルバムに収録されたMINEにつながる体験であり、渡瀬マキさんが自分で歌詞を書き、自分の言葉を音楽にしていくスタイルを見つける重要なきっかけになりました。
二人の出会いから当時の流れを整理すると、次のようになります。
| 時期 | 二人に関する主な出来事 |
|---|---|
| 1987年ごろ | 渡瀬マキさんのバックバンドに平川達也さんが参加 |
| 出会った当初 | 渡瀬マキさんが平川達也さんに父親と似た印象を持ち親近感を覚える |
| その後 | 渡瀬マキさんが自分で書いた歌詞を平川達也さんに見せる |
| リハーサル時 | 平川達也さんが歌詞にメロディーをつけて披露 |
| 1988年 | 川添智久さん、小柳cherry昌法さんも加わりLINDBERGを結成 |
| 1997年 | 渡瀬マキさんと平川達也さんが結婚 |
興味深いのは、恋愛上の馴れ初めそのものよりも先に、二人の音楽家としての信頼関係が作られていった点です。平川達也さんが渡瀬マキさんの言葉に曲をつけ、それを渡瀬マキさんが歌うという関係は、結婚後まで長く続いていく二人の音楽活動の原点ともいえます。
では、バックバンドで知り合った直後から二人が交際していたのでしょうか。このあたりについて、いつ交際が始まり、どちらから告白したのかといった恋愛面の細かな経緯までは広く公表されていません。1987年ごろに仕事で出会い、1988年にはLINDBERGの仲間となり、その後長い時間を同じバンドで過ごした末、1997年に結婚したという流れが確認できます。
出会いから結婚まではおよそ10年です。その間にはLINDBERGのデビューや今すぐKiss Meの大ヒット、全国的な人気バンドへの成長など、二人にとって大きな出来事がいくつもありました。仕事仲間として成功も苦労も共有していく中で、少しずつ関係を深めていった可能性は十分に考えられそうですね。
渡瀬マキさんの旦那との馴れ初めは、芸能界でよくある共演をきっかけに短期間で交際へ発展したケースとは少し違います。アイドル歌手とバックバンドのギタリストとして出会い、自作の歌詞とメロディーを通じて音楽的な信頼を築き、バンド仲間として長い年月を過ごした先に結婚がありました。
現在も二人が夫婦としてだけでなく音楽仲間として活動を続けていることを考えると、1987年ごろのバックバンドでの出会いは、渡瀬マキさんの結婚だけではなく、その後の音楽人生そのものを大きく変えた出会いだったといえそうです。
旦那との出会いがバンド結成につながった経緯
渡瀬マキさんと旦那の平川達也さんの出会いは、結果的に二人の結婚だけではなく、LINDBERG誕生にも直接つながっていきました。渡瀬マキさんがアイドルとして抱えていた違和感、平川達也さんとの出会い、歌詞への作曲、そして新しいメンバーとの合流という流れを順番に見ると、LINDBERGがどのように生まれたのかがかなり分かりやすくなります。
渡瀬マキさんは1987年、アイドル歌手としてシングルを発売し、本格的に歌手活動を始めました。もともと松田聖子さんに憧れて歌手を目指していたこともあり、アイドルになること自体は夢の一つだったようです。しかし実際に活動を始めると、少しずつ自分が思い描いていた歌手像とのズレを感じるようになります。
本人が後年語ったところでは、用意された曲の質に不満があったという話ではありません。むしろ、衣装、歌う場所、活動スタイルなどを含めたアイドルという枠そのものに居心地の悪さを感じていました。そんな渡瀬マキさんの気持ちを事務所の社長さんが聞き、カラオケ中心だった歌唱を生バンドに変える方向へ動きます。
ここで登場したのが平川達也さんです。
事務所が用意したバックバンドのギタリストとして平川達也さんが参加し、渡瀬マキさんと出会いました。現在では夫婦として知られている二人ですが、この出会いがなければLINDBERGの形も違っていたかもしれません。
渡瀬マキさんは当時、自分の思いや日常の出来事をノートに書きためていました。現在のように最初からプロの作詞家として作品を作っていたわけではなく、自分の中にある言葉を書き残していたという感覚に近かったようです。
そのノートを平川達也さんに見せる機会がありました。すると平川達也さんは、その言葉に曲をつけてみようという流れになり、次のリハーサルまでに実際にメロディーを作ってきます。
渡瀬マキさんがその曲を生バンドで歌ったとき、自分の言葉が音楽になる感覚に強い衝撃を受けました。アイドルとして誰かから渡された曲を歌うのとは違い、自分が感じたことを書き、それがメロディーになり、自分自身が歌うという形を初めて実感したわけです。
渡瀬マキさんは後年、このときの感覚について、自分がやりたかったのはこれだったのかもしれないと感じた趣旨の発言をしています。つまり、この時点でバンドを組むこと自体が最初から明確な目標だったわけではありません。まず、自分の言葉が音楽になる喜びに気づいたことが出発点だったんですね。
その後、平川達也さんがバンドを作るなら一緒にやりたいメンバーとして声をかけたのが、ベースの川添智久さんとドラムの小柳cherry昌法さんでした。平川達也さん、渡瀬マキさん、川添智久さん、小柳cherry昌法さんの4人が集まり、1988年にLINDBERGが結成されます。
この経緯を見ると、平川達也さんは単に後から加わったギタリストではありません。渡瀬マキさんがバンド形式の音楽に進むきっかけを作り、さらに現在まで続くメンバー構成の土台を作った人物でもあります。
LINDBERGは1989年にバンドとしてデビュー。そして1990年、2枚目のシングルとなる今すぐKiss Meがフジテレビ系ドラマ世界で一番君が好き!の主題歌に採用され、大ヒットしました。この今すぐKiss Meを作曲したのも平川達也さんです。
渡瀬マキさんの伸びやかなボーカルと、平川達也さんが作った覚えやすく勢いのあるメロディーが組み合わさったことで、LINDBERGは一気に全国的な人気バンドへと成長しました。出会った数年前にはアイドル歌手とバックバンドのギタリストだった二人が、日本を代表するヒット曲を一緒に世に送り出したわけですから、かなりドラマチックですよね。
また、渡瀬マキさんはバンド結成当初から、単にボーカルだけを担当する存在ではありませんでした。自身で歌詞を書き、自分自身の経験や感情を作品へ反映していきます。一方の平川達也さんはギター演奏だけでなく、作曲などの面から渡瀬マキさんの言葉を音楽へ変えていきました。
この分業が、二人の音楽的な相性を象徴している部分かなと思います。
その後、二人はLINDBERGのメンバーとして約10年間を共に過ごし、1997年に結婚しました。出会い、バンド結成、デビュー、大ヒット、結婚という順序を考えると、二人にとっては夫婦関係より先に音楽仲間としての歴史があったことが分かります。
LINDBERGは2002年に一度活動を終えましたが、2009年には結成20周年をきっかけとして期間限定で再活動し、2014年には本格的に活動を再開しました。その間にも平川達也さんは渡瀬マキさんのソロ作品をプロデュースし、二人によるユニットのタツマキでも活動しています。
そのため、渡瀬マキさんの旦那との出会いを単なる馴れ初めとして見るだけでは、二人の関係を十分に説明できません。平川達也さんとの出会いによって渡瀬マキさんは、自分で書いた言葉を自分らしい音楽にする方法と出会い、その延長線上にLINDBERGが誕生しました。
バックバンドで偶然出会った二人が、歌詞とメロディーを通して意気投合し、仲間を集めてバンドを結成。そのバンドが全国的な人気を獲得し、やがて二人は夫婦となりました。現在も音楽活動を一緒に続けていることまで含めると、平川達也さんは渡瀬マキさんにとって旦那であると同時に、歌手人生の大きな転機を作った音楽パートナーでもあるといえます。
旦那と1997年に結婚!結婚時期と夫婦の歩み
渡瀬マキさんと旦那の平川達也さんが結婚したのは、1997年10月16日です。渡瀬マキさんは1969年2月22日生まれなので結婚当時28歳、平川達也さんは1962年2月27日生まれなので35歳でした。二人は出会ってすぐ結婚したわけではなく、1987年ごろに渡瀬マキさんのバックバンドで知り合ってから約10年を経て夫婦になっています。ここ、かなり気になりますよね。
二人の関係で特徴的なのは、恋人になる以前から音楽仲間として濃い時間を共有していたことです。平川達也さんはアイドル時代の渡瀬マキさんのバックバンドに参加し、渡瀬マキさんがノートに書いていた歌詞にメロディーをつけました。その後、川添智久さん、小柳cherry昌法さんも加わり、1988年にLINDBERGを結成。1989年にバンドとしてデビューすると、1990年には今すぐKiss Meが大ヒットし、一気に全国的な人気バンドへと成長しました。
つまり、1997年の結婚までには、LINDBERGの結成、デビュー、ブレイク、全国ツアーなど数え切れないほどの経験を一緒に乗り越えていたわけです。交際を始めた具体的な時期や、どちらから気持ちを伝えたのかといった恋愛面の詳細は広く語られていません。ただ、仕事仲間として長期間活動し、お互いの音楽性や性格をよく知ったうえで結婚したことは、二人の歩みから伝わってきます。
結婚後の1999年11月6日には長男が誕生しました。その後も渡瀬マキさんはLINDBERGのボーカルとして活動を続けますが、仕事と子育てを両立する生活は簡単ではなかったようです。渡瀬マキさんは後年のインタビューで、第一子の育児について精神的に追い込まれた時期があったことも振り返っています。
そして2002年、LINDBERGはツアーを最後に一度活動を終了しました。渡瀬マキさんにとって子育てへ軸足を移す時期でもあり、2003年8月26日には長女が誕生しています。
夫婦の主な歩みを時系列で整理すると、次のようになります。
| 時期 | 主な出来事 |
|---|---|
| 1987年ごろ | 渡瀬マキさんのバックバンドに平川達也さんが参加 |
| 1988年 | 二人を含む4人でLINDBERGを結成 |
| 1989年 | LINDBERGとしてメジャーデビュー |
| 1990年 | 今すぐKiss Meが大ヒット |
| 1997年10月16日 | 渡瀬マキさんと平川達也さんが結婚 |
| 1999年11月6日 | 長男が誕生 |
| 2002年 | LINDBERGが一度活動を終了 |
| 2003年8月26日 | 長女が誕生 |
| 2007年 | 夫婦で制作した楽曲を発表 |
| 2009年 | LINDBERGが1年間限定で再活動 |
| 2010年 | 夫婦ユニットのタツマキを結成 |
| 2014年 | LINDBERGが本格的に活動再開 |
| 2022年 | 株式会社ティンカティンカを設立 |
注目したいのが、LINDBERGが活動を休んでいた時期にも渡瀬マキさんと平川達也さんが音楽でつながり続けていたことです。
2007年には、子供番組のテーマソングとして色々iroiroを発表しています。この楽曲では渡瀬マキさんが作詞、平川達也さんが作曲と編曲を担当しました。バンドが動いていない時期にも、夫婦で一つの楽曲を作り上げていたんですね。
さらに2009年にはLINDBERGが結成20周年を機に1年間限定で再活動します。平川達也さんは同じ年、渡瀬マキさんのソロライブもギタリストとしてサポートしました。そして2010年には、二人によるユニットのタツマキを結成しています。
夫婦であり、LINDBERGの仲間でもあり、さらに二人だけの音楽ユニットも組んでいるという関係はかなり珍しいですよね。
2014年にはLINDBERGが結成25周年を機に本格復活しました。渡瀬マキさんは後年、2009年の限定再結成後に、このままLINDBERGをなくしてしまってよいのかという気持ちが強まり、再びバンドで生きていきたいと思ったことを明かしています。メンバーに相談すると復活はすぐ決まったそうで、平川達也さんを含め、メンバー全員がLINDBERGへの思いを持ち続けていたことが分かります。
2022年には平川達也さんが株式会社ティンカティンカを設立し、代表取締役に就任しています。渡瀬マキさんと平川達也さんのオフィシャルサイトも同社名で展開されており、家庭だけでなく仕事でも二人の関係は続いています。
また、近年には渡瀬マキさんが平川達也さんの誕生日をSNSで祝福し、夫婦のツーショットを公開することもあります。2025年2月27日に平川達也さんが63歳を迎えた際にも、渡瀬マキさんは健康を願いながら、これからも長く楽しく音楽を続けたいという思いを伝えていました。
1997年に結婚してから長い年月が経っていますが、二人の場合は家庭生活だけで関係が完結していません。出会った頃から一貫して音楽が二人を結びつけています。
渡瀬マキさんの旦那について調べると、おしどり夫婦という表現が目につくことがありますが、その背景には、単に仲が良いというだけではなく、10年近くの音楽仲間としての期間を経て結婚し、子育てやバンドの活動休止、再結成など人生の大きな変化を一緒に経験してきた歴史があります。夫婦でありながら今でも同じステージに立てるところに、渡瀬マキさんと平川達也さんならではの関係性が表れているのかなと思います。
旦那が作曲した「今すぐKiss Me」と音楽活動
渡瀬マキさんの旦那である平川達也さんを語るうえで、絶対に外せない楽曲が今すぐKiss Meです。LINDBERGの名前を一気に全国へ広めた代表曲ですが、この曲を作曲したのがギター担当の平川達也さんなんですよ。渡瀬マキさんの旦那が、実はあの大ヒット曲のメロディーを生み出した人物だったと知って驚く人もいるかもしれません。
LINDBERGは1988年に結成され、1989年にメジャーデビューしました。今すぐKiss Meは1990年に2枚目のシングルとしてリリースされ、フジテレビ系ドラマ世界で一番君が好き!の主題歌に起用されています。ドラマには三上博史さんや浅野温子さんが出演しており、作品の人気とともに曲も広く知られるようになりました。
今すぐKiss Meはオリコンシングルチャートで通算3週連続1位を記録し、LINDBERGにとって大きな転機となりました。現在まで長く歌い継がれていることを考えても、平川達也さんのキャリアを代表する作品の一つといってよいでしょう。
ただし、この曲の制作には意外な舞台裏があります。
渡瀬マキさんは後年のインタビューで、今すぐKiss Meについて、自分では作詞していないことを振り返っています。ドラマの主題歌制作に使える期間が非常に短く、渡瀬マキさん自身も歌詞を書いたものの採用には至りませんでした。ドラマ側から求められていた内容に合わせ、プロの作詞家へ依頼した歌詞が採用されたという経緯だったようです。
制作に与えられていた期間について、渡瀬マキさんは1週間ほどだったと話しています。
その短期間で完成した楽曲が大ヒットしたことで、LINDBERGを取り巻く環境は急激に変化していきました。当時の渡瀬マキさんによると、それ以前にはライブハウスで観客が少ないこともあったのに、今すぐKiss Meのヒットによって急速に大きな会場へ進んでいったそうです。
ここ、かなり面白いところですよね。
世間から見ると、ヒット曲が出た瞬間にバンド自身もスターになったように感じます。しかしメンバー側には、今すぐKiss Meだけが自分たちより先にどんどん有名になっていくような感覚があったようです。渡瀬マキさんは、急激なブレイクについていくことが大変だったという趣旨の話もしています。
平川達也さんが作曲した今すぐKiss Meは、LINDBERGに成功をもたらしただけでなく、その後のバンド人生を大きく変えた曲だったわけです。
平川達也さんの音楽活動は、この1曲だけではありません。ギタリストとして演奏する一方で、作曲やアレンジ、プロデュースなど幅広い仕事を行ってきました。
1996年には今すぐKiss Meを含むLINDBERGの楽曲をインストゥルメンタルにアレンジしたLINDBERG INSTRUMENTALをリリースしています。ボーカルで強い印象を残すLINDBERGの楽曲を演奏中心で聴かせる作品であり、平川達也さんのミュージシャンとしての側面がより分かりやすく表れた作品ともいえそうです。
2002年には渡瀬マキさんのソロアルバムHappiness on The Kitchen Tableをプロデュースしています。バンドでは同じメンバーだった二人ですが、渡瀬マキさんのソロ活動でも平川達也さんが制作を支えていました。
さらに2004年にはsacra、The Rainmakers、神楽などのプロデュースに携わり、2005年には日本テレビ系のオーディション番組、歌スタ!!で審査員も務めています。演奏する側だけでなく、他のアーティストの作品作りを支える側にも活動範囲を広げていったんですね。
そして2007年には、渡瀬マキさんとの共同制作が再び形になります。
子供番組のテーマソングとして制作された色々iroiroでは、渡瀬マキさんが作詞を担当し、平川達也さんが作曲と編曲を担当しました。アイドル時代に渡瀬マキさんが書いた言葉へ平川達也さんがメロディーをつけたことから始まった二人が、結婚して子供を持った後にも同じように一緒に曲を作っているというのは、二人の関係を象徴しているように感じます。
2009年には二人でアイドルユニットmerry merry Booのプロデュースも行いました。同じ年にはLINDBERGが結成20周年を機に1年間限定で再活動し、平川達也さんは渡瀬マキさんのソロライブにもギタリストとして参加しています。
さらに2010年には夫婦ユニットのタツマキを結成し、最初のライブとなる2月の会を開催。2013年には5曲入りCDのタツマキベイベーもリリースしました。
その後、2014年にはLINDBERGが本格的に活動を再開しています。平川達也さんは再びギタリストとして渡瀬マキさん、川添智久さん、小柳cherry昌法さんとステージに立ち、ライブやツアーを続けるようになりました。
2018年には、アーティスト本人から楽曲の演奏方法を学べるサービスMASTER SCOREで講座も開始しています。長年プロとして演奏してきた技術を、自ら教える立場にも回ったわけですね。
こうして見ると、平川達也さんは渡瀬マキさんの旦那というだけではなく、LINDBERGの音楽を作ってきた重要なクリエイターです。今すぐKiss Meの作曲者として大きな実績を残し、その後もギタリスト、作曲家、アレンジャー、プロデューサーとして活動を続けてきました。
そして渡瀬マキさんとの関係も、家庭と仕事が完全に分かれているわけではありません。アイドル時代に歌手とバックバンドのギタリストとして出会い、LINDBERGを結成し、平川達也さんが作った曲を渡瀬マキさんが歌い、やがて二人は結婚しました。その後もソロ作品や夫婦ユニット、LINDBERGの再結成などで一緒に音楽を作り続けています。
今すぐKiss Meは、そんな二人の長い音楽人生を代表する一曲でもあります。渡瀬マキさんの力強いボーカルばかりに注目しがちですが、そのメロディーを平川達也さんが作ったことを知ったうえで聴き直してみると、夫婦であり音楽仲間でもある二人の関係が、より深く感じられるかもしれません。
渡瀬マキと旦那との子供や現在は?夫婦仲と一緒に続ける音楽活動
- 旦那との間に子供は何人?長男と長女について
- 旦那と現在も仲良し?夫婦ショットが話題
- 旦那の誕生日を祝福!おしどり夫婦と呼ばれる関係性
- 旦那とのユニット「タツマキ」とは?
- 旦那と会社設立?ティンカティンカでの活動を紹介
- 旦那と現在も音楽を続ける夫婦の関係
旦那との間に子供は何人?長男と長女について
渡瀬マキさんと旦那の平川達也さんの間には、長男と長女の2人の子供がいます。渡瀬マキさんは1997年10月16日に平川達也さんと結婚し、その約2年後となる1999年11月6日に第一子の長男を出産しました。その後、2003年8月26日に第二子となる長女が誕生しています。2026年8月時点では、長男は26歳、長女は23歳になります。ここ、気になりますよね。
家族構成を整理すると、次のようになります。
| 家族 | 生年月日・年齢など |
|---|---|
| 渡瀬マキさん | 1969年2月22日生まれ |
| 平川達也さん | 1962年2月27日生まれ |
| 長男 | 1999年11月6日生まれ・26歳 |
| 長女 | 2003年8月26日生まれ・23歳 |
年齢は2026年8月時点で計算したものです。
渡瀬マキさんにとって、長男の誕生はその後の人生や音楽活動を考えるうえでも大きな転機になりました。第一子となる長男を出産したあと、人気バンドのボーカルとして活動しながら育児も続けていましたが、本人は後年のインタビューで、当時の子育てが決して楽なものではなかったことを率直に語っています。
長男は里帰り出産だったそうで、産前産後にはホルモンバランスの変化などから気持ちが不安定になり、実母さんと激しいけんかをしたこともあったそうです。そのとき妹さんから、子供時代に十分な反抗期を経験していなかったことを指摘され、それが後の子育てにも影響したと振り返っています。
この経験から、長男が成長して反抗期を迎えたときには、反抗すること自体を健全な成長として受け止めることができたそうです。親からすると、子供に無視されたり反発されたりすると戸惑ってしまいますが、渡瀬マキさんは自分自身の経験から、感情をぶつけられることも成長過程の一つだと考えるようになったんですね。
また、長男にまつわる印象的なエピソードとして、LINDBERGの結成25周年の頃の話があります。思春期だった長男は普段、渡瀬マキさんの音楽活動についてあまり反応を示さなかったそうです。
ところが、渡瀬マキさんと平川達也さんが一緒に新聞を見ていた際、LINDBERGの記事を目にした長男が、両親についてかっこいいという趣旨のひと言を口にしました。渡瀬マキさんにとっては非常にうれしい出来事だったそうで、息子からそう評価してもらえたことで、これからも音楽を続けていこうという気持ちがさらに強くなったことを明かしています。
さらに、長男が子供だった頃には、本人が好きだった子供番組が渡瀬マキさんの音楽活動再開の一つのきっかけになっています。
2007年、子供番組モンすたージオのテーマソングの依頼を受け、渡瀬マキさんはLINDBERGの活動終了後としては約5年ぶりとなる新曲、色々iroiroを発表しました。この楽曲では渡瀬マキさんが作詞し、旦那の平川達也さんが作曲と編曲を担当しています。
つまり、息子さんの存在がきっかけとなって、父親の平川達也さんと母親の渡瀬マキさんが再び一緒に音楽を作る流れが生まれたともいえるんですよ。
一方、長女は2003年8月26日に誕生しています。LINDBERGが2002年に一度活動を終えた翌年です。渡瀬マキさんは二人の子供の子育てに比重を置く生活へ入り、しばらく本格的な音楽活動から距離を置きました。
長女についても、渡瀬マキさんの音楽活動再開を考えるうえで興味深いエピソードがあります。
渡瀬マキさんと親交の深い岸谷香さんも子育てをしており、子供たちが小さかった頃には、岸谷香さんや森高千里さんの子供たちと一緒に公園で遊んだり、それぞれの家を行き来したりしていたそうです。
さらに成長後には、渡瀬マキさんの長女と岸谷香さんの子供が同じ塾に通っていた時期もありました。その際、渡瀬マキさんは母親として塾の面接へ向かう岸谷香さんの姿を見たあと、夜にはステージ上でギターを弾きながら歌う岸谷香さんのライブを目にします。
昼間は母親として子供と向き合い、夜はアーティストとしてステージに立つ岸谷香さんの姿を見たことが刺激となり、渡瀬マキさん自身ももう一度歌いたいという思いを強くしたそうです。
そのため、長男と長女の存在は単純に渡瀬マキさんの家族というだけではなく、LINDBERGの活動休止や復活とも深く関係しています。
子供の名前や現在の職業などについては、本人たちが芸能活動を前面に出しているわけではないため、公表情報は限られています。ネット上では進学先や職業などを推測する情報が出ることもありますが、渡瀬マキさん本人が語ってきた内容を見る限り、子供たちのプライベートについては必要以上に前面へ出さないスタンスがうかがえます。
渡瀬マキさんは華やかなロックバンドのボーカルですが、母親になってからは育児に悩み、反抗期の息子さんと向き合い、子供の塾や日常生活にも関わってきました。その経験があるからこそ、LINDBERGの活動再開にも家族との生活を大切にしながら取り組んできたのでしょう。
旦那の平川達也さんも同じLINDBERGのメンバーですから、渡瀬マキさんにとっては夫婦で音楽活動をしながら二人の子供を育ててきたことになります。長男と長女が成長した現在も夫婦そろって音楽を続けていることを考えると、子育てと音楽の両方を長い時間をかけて家族で乗り越えてきたことが分かりますね。
旦那と現在も仲良し?夫婦ショットが話題
渡瀬マキさんと旦那の平川達也さんは、現在も良好な夫婦関係をうかがわせる姿がたびたび公開されています。1997年に結婚してから長い年月が経っていますが、夫婦でありながらLINDBERGのメンバーとして一緒にステージに立ち、さらに二人だけの音楽活動も続けているんですよ。ここ、気になりますよね。
特に話題になったのが、渡瀬マキさんがSNSで公開している夫婦ショットです。
2025年2月27日には、渡瀬マキさんが自身のInstagramを更新し、63歳の誕生日を迎えた平川達也さんとのツーショットを公開しました。金髪のロングヘアが印象的な平川達也さんと渡瀬マキさんが並んだ写真で、二人は雰囲気を合わせたようなコーディネートを披露しています。
この日は単に平川達也さんの誕生日だっただけではありません。神奈川県横浜市の新横浜NEW SIDE BEACH!!で、LINDBERGのライブが開催されていました。
渡瀬マキさんは平川達也さんの健康を願うとともに、これからも二人で楽しく、できるだけ長く音楽を続けたいという思いをSNSにつづっています。
夫婦の誕生日にプレゼントを渡すだけではなく、一緒にステージに立って音楽を演奏しているわけですから、二人らしい祝い方ですよね。
さらに2026年には、渡瀬マキさんと平川達也さんが並んだ新たな夫婦ショットも話題になっています。渡瀬マキさんがテレビ収録の仕事を平川達也さんと一緒に行ったことを報告し、二人で微笑む写真を公開しました。
平川達也さんは金髪、渡瀬マキさんは黒髪という対照的なヘアスタイルで並んでおり、ファンからは二人の若々しさや仲の良さを喜ぶ反応が寄せられました。長年一緒に活動してきた二人を黄金コンビのように感じているファンも多いようです。
また、2025年5月には渡瀬マキさん、平川達也さん、岸谷香さんの3人で食事を楽しんだ様子も公開されています。岸谷香さんがLINDBERGのツアーへゲスト出演したことへの感謝を込めて開かれた食事会だったそうで、焼き肉店で撮影された3人の写真が紹介されました。
渡瀬マキさんと岸谷香さんは以前から親交が深く、子供たちが小さい頃には家族ぐるみで付き合っていたことも知られています。その友人関係の中に旦那の平川達也さんも自然に加わっているところを見ると、仕事だけではなくプライベートでも一緒に時間を過ごしている様子が伝わってきます。
渡瀬マキさんと平川達也さんの夫婦関係が特徴的なのは、同じ家で暮らす夫婦というだけではなく、音楽上のパートナーでもあることです。
二人は1980年代にアイドル歌手とバックバンドのギタリストとして出会いました。平川達也さんが渡瀬マキさんの書いた歌詞に曲をつけたことがきっかけとなり、川添智久さん、小柳cherry昌法さんを加えてLINDBERGを結成します。
1989年にデビューし、1990年には平川達也さんが作曲した今すぐKiss Meが大ヒット。その後も長期間バンドメンバーとして活動し、1997年に結婚しました。
つまり、2026年時点で考えると、夫婦として約29年、知り合ってからなら40年近い付き合いになります。
長いですよね。
一般的には、夫婦が同じ職場で何十年も一緒に仕事をすると、仕事と私生活を分けるのが難しくなることもありそうです。しかし二人の場合は、LINDBERGだけでなく、夫婦による音楽ユニットのタツマキでも活動してきました。
2010年にはタツマキを結成し、2013年にはCDもリリースしています。また、2007年の色々iroiroでは渡瀬マキさんが作詞、平川達也さんが作曲と編曲を担当するなど、夫婦で楽曲制作にも取り組んできました。
2022年には株式会社ティンカティンカが設立され、平川達也さんが代表取締役に就任しています。渡瀬マキさんと平川達也さんの公式活動も同社を軸に展開されており、現在に至るまで仕事上のパートナー関係も続いています。
もちろん、SNSで仲良さそうな写真が公開されているからといって、家庭内のすべてが分かるわけではありません。長い結婚生活ですから、夫婦として意見がぶつかったり、大変な時期を経験したりしたこともあったかもしれません。
ただ、現在確認できる活動を見る限り、離婚や別居を示すような流れではなく、むしろ夫婦そろって音楽活動を続け、誕生日を祝い、一緒にテレビの仕事をする姿が継続して見られます。
渡瀬マキさんは平川達也さんの誕生日に、健康で楽しく音楽をできるだけ長く続けたいという思いを伝えています。この言葉には、旦那への気遣いだけでなく、音楽仲間としてこれからも一緒に活動していきたいという気持ちも表れているように感じられます。
ファンが二人を理想の夫婦やおしどり夫婦のように受け止めるのも、単に夫婦ショットが仲良さそうだからというだけではなさそうです。
若い頃から一緒に音楽を作り、大ブレイクを経験し、結婚し、二人の子供を育て、LINDBERGの解散と再結成も経験しました。そして60代と50代になった現在も同じステージに立っています。
渡瀬マキさんと旦那の平川達也さんの関係を見ていると、恋愛から始まった夫婦というより、音楽仲間として築いた強い土台の上に家庭が作られている印象があります。何十年たっても夫婦で笑顔の写真を公開し、一緒に音楽を続けている現在の姿は、二人が長い時間をかけて築いてきた関係を象徴しているのかもしれません。
旦那の誕生日を祝福!おしどり夫婦と呼ばれる関係性
渡瀬マキさんと旦那の平川達也さんは、結婚から長い年月がたった現在も仲の良さが伝わる夫婦として注目されています。特に話題になったのが、2025年2月27日に平川達也さんが63歳の誕生日を迎えた際の渡瀬マキさんの投稿です。渡瀬マキさんは自身のInstagramで旦那の誕生日を祝福し、二人で並んだ夫婦ショットを公開しました。平川達也さんは印象的な金髪ロングヘア、渡瀬マキさんも自然体の笑顔を見せており、長年連れ添ってきた二人ならではの親密な雰囲気が伝わる写真でした。
しかも、この日は単なる家族だけの誕生日祝いではありませんでした。神奈川県横浜市の新横浜NEW SIDE BEACH!!では、LINDBERGのライブが開催されており、平川達也さんは誕生日当日もギタリストとしてステージに立っています。渡瀬マキさんもボーカルとして出演しているため、旦那の誕生日を夫婦で音楽をしながら過ごしたことになります。
渡瀬マキさんは投稿の中で、平川達也さんの健康を願い、これからもできるだけ長く一緒に楽しく音楽を続けていきたいという思いを伝えていました。単に誕生日おめでとうと祝うだけではなく、今後の人生について音楽を軸に願いを込めているところが、二人らしいですよね。
渡瀬マキさんと平川達也さんが夫婦になったのは1997年です。さらに二人が仕事で出会ったのは1980年代までさかのぼります。渡瀬マキさんがアイドル歌手として活動していた時代、平川達也さんがバックバンドのギタリストを担当したことから関係が始まりました。
その後、1988年に渡瀬マキさん、平川達也さん、川添智久さん、小柳cherry昌法さんによってLINDBERGが結成され、1989年にメジャーデビューしています。1990年には平川達也さんが作曲した今すぐKiss Meが大ヒットし、バンドは全国的な人気を獲得しました。
つまり二人は、夫婦になる前から約10年間、音楽仲間として一緒に活動していたことになります。
結婚後には1999年に長男、2003年に長女が誕生しました。LINDBERGは2002年に一度活動を終了しましたが、夫婦の音楽的なつながりまでなくなったわけではありません。
2007年には渡瀬マキさんが作詞し、平川達也さんが作曲・編曲を担当した色々iroiroを発表しています。2009年にはLINDBERGが結成20周年を記念して期間限定で再活動し、平川達也さんは渡瀬マキさんのソロライブでもギターを担当しました。
さらに2010年には夫婦二人による音楽ユニットのタツマキも結成しています。つまり、LINDBERGという4人組バンドだけでなく、夫婦二人だけになっても一緒に音楽を作ってきたんですね。
2026年にも渡瀬マキさんと平川達也さんの夫婦ショットが話題になっています。渡瀬マキさんが平川達也さんと一緒にテレビ収録の仕事をしたことを報告し、二人で微笑む写真を公開しました。ファンからは若々しさや変わらない仲の良さを喜ぶ声が寄せられ、長く活動を見守ってきた人からは黄金コンビが今も続いていることを喜ぶ反応も見られました。
こうした姿から、おしどり夫婦と呼ばれることが多いのも納得できます。
ただし、二人の関係を単純にいつも一緒で仲良しな夫婦と表現するだけでは少し足りないかもしれません。渡瀬マキさんと平川達也さんの場合、旦那と妻である以前に、長年一緒に音楽を作ってきた仲間という土台があります。
平川達也さんが渡瀬マキさんの書いた歌詞へ曲をつけたことがLINDBERG結成につながり、ヒット曲を生み出し、全国ツアーを回り、その後結婚しました。さらに子育てやバンドの活動休止、再結成など、人生の大きな節目も一緒に経験しています。
夫婦関係では、長く一緒にいれば楽しいことだけではなく、仕事や子育てをめぐって大変な時期もあったはずです。家庭内の細かな出来事まですべて公表されているわけではありませんが、現在も二人が同じバンドで活動し、誕生日を祝福し合い、一緒に仕事をしている姿を見る限り、夫婦としても音楽仲間としても良い関係を築いていることがうかがえます。
2026年時点では結婚から約29年、出会いから考えれば約40年という長い付き合いです。それでも現在の写真から若い頃と変わらない空気感を感じるファンがいるのは、長年同じ目標へ向かって歩んできた二人だからこそかもしれません。
渡瀬マキさんが旦那の誕生日に願ったのも、豪華な生活や特別な出来事ではなく、健康で長く音楽を続けることでした。夫婦にとって音楽が仕事であるだけでなく、二人をつないできた大切なものになっていることが分かりますね。
旦那とのユニット「タツマキ」とは?
渡瀬マキさんと旦那の平川達也さんは、LINDBERGで一緒に活動しているだけではありません。二人だけの音楽ユニットとしてタツマキを結成し、ライブや楽曲制作も行ってきました。バンドメンバー同士から夫婦になった二人が、さらに夫婦だけのユニットまで結成しているというのは、なかなか珍しいですよね。
タツマキが結成されたのは2010年です。ユニット名は、平川達也さんの達也からタツ、渡瀬マキさんのマキを組み合わせたものと考えると、とても分かりやすいネーミングです。二人の名前をそのまま合わせたようなユニット名からも、夫婦ならではの親しみやすい雰囲気を感じます。
タツマキ結成当時、LINDBERGは常時活動していたわけではありません。
LINDBERGは2002年に一度活動を終了しています。その後、結成20周年を迎えた2009年に1年間限定で再活動し、日本武道館公演や全国ツアーなどを行いました。ただし、このときは最初から期間限定と決めていたため、2009年12月31日の中野サンプラザ公演をもって再び活動を休んでいます。
その翌年の2010年に誕生したのがタツマキです。
タツマキとして最初に開催されたライブが2月の会でした。LINDBERGとは違い、渡瀬マキさんと平川達也さんという夫婦二人を軸にした音楽活動となり、二人だからこそ表現できる楽曲やライブを届ける形になりました。
その後、2013年には5曲入りCDのタツマキベイベーをリリースしています。平川達也さんの公式プロフィールにも、2010年のタツマキ結成とライブ開催、2013年のタツマキベイベー発売が経歴として記載されています。
タツマキの音楽を考えるうえでポイントになるのが、渡瀬マキさんと平川達也さんの役割です。
渡瀬マキさんはLINDBERGでも多くの楽曲で作詞を担当し、自分自身の経験や気持ちを歌詞として表現してきました。一方、平川達也さんはギターを担当するだけでなく、作曲やアレンジ、プロデュースにも長年携わっています。
もともと二人の音楽的な関係は、渡瀬マキさんがアイドル時代に書いていた歌詞へ平川達也さんがメロディーをつけたことから大きく動き始めました。
自分の言葉に音がついて歌になることに渡瀬マキさんが感動し、それがLINDBERG誕生へとつながっています。そう考えると、二人だけで楽曲を作るタツマキは、ある意味では二人の音楽活動の原点に戻ったようなユニットとも考えられます。
実際、LINDBERGが活動を休んでいた時期にも、夫婦による共同制作は続いていました。
2007年に発表した色々iroiroでは、渡瀬マキさんが作詞、平川達也さんが作曲と編曲を担当しています。この楽曲は、渡瀬マキさんの長男が好きだった子供番組のテーマソング依頼をきっかけに制作されたものでした。
その後にタツマキが結成されているため、家庭を持ち、二人の子供を育てながらも、渡瀬マキさんと平川達也さんの間では自然に音楽制作が続いていたことが分かります。
また、LINDBERG公式サイトでも、タツマキの楽曲としてマヨイガール、ミルキーウェイ、風の中のママライオンなどが紹介されています。公式サイトでは二人の楽曲について、少し立ち止まって空を見上げたくなるような音楽として案内されており、LINDBERGの勢いのあるロックサウンドとはまた違う魅力を楽しめることがうかがえます。
ここはタツマキを知るうえで大切なところかなと思います。
LINDBERGといえば今すぐKiss Meのような疾走感のある楽曲を思い浮かべる人が多いですが、タツマキでは夫婦二人だからこそ作れる、より日常や人生に寄り添った音楽を表現できるわけです。
渡瀬マキさんと平川達也さんは、2014年にLINDBERGが本格復活してからも夫婦として音楽活動を続けています。さらに2022年には株式会社ティンカティンカを設立し、平川達也さんが代表取締役に就任しました。音楽ユニットだけでなく、活動を支える会社という面でも二人の協力関係が形になっています。
そして現在まで、夫婦で同じステージに立つ機会があります。
2025年2月27日に開催されたLINDBERGのライブも、タイトルにタツマキを冠した公演でした。平川達也さんの誕生日当日に渡瀬マキさんと一緒にステージへ立ち、その後夫婦ショットも公開されています。タツマキという活動が、一時期だけの企画ではなく、現在まで二人の音楽人生を象徴する存在として残っていることが分かります。
渡瀬マキさんと旦那の平川達也さんについて調べていると、どうしてもLINDBERGでの活動が中心になります。しかしタツマキまで知ると、二人の関係がより分かりやすくなります。
アイドル歌手とバックバンドのギタリストとして出会い、一緒にLINDBERGを結成し、ヒット曲を生み出し、結婚して二人の子供を育てました。そしてバンドが活動を休んでいる間も夫婦で曲を作り、最終的には二人だけのユニットまで結成しています。
タツマキは、単なる夫婦ユニットというより、渡瀬マキさんと平川達也さんが長年築いてきた音楽的な信頼関係を、そのまま形にした活動と見ることができます。旦那と妻、ボーカルとギタリストという枠を超えて、二人が現在まで音楽を通してつながり続けていることを象徴するユニットといえそうですね。
旦那と会社設立?ティンカティンカでの活動を紹介
渡瀬マキさんと旦那の平川達也さんについて調べていると、ティンカティンカという名前を見かけます。これは二人の音楽活動に関わる会社で、2022年に株式会社ティンカティンカが設立され、平川達也さんが代表取締役に就任しています。長年夫婦として、さらにLINDBERGのメンバーとして音楽を続けてきた二人が、自分たちの活動を支える会社まで立ち上げた形なんですね。ここ、気になりますよね。
ティンカティンカの公式サイトでは、平川達也さんと渡瀬マキさんのプロフィールや活動情報が紹介されています。平川達也さんについては、LINDBERGのギタリストとしてだけでなく、楽曲提供、プロデュース、CM楽曲制作など幅広い音楽活動を行ってきた経歴も掲載されています。
平川達也さんは1980年代からギタリストとして活動し、1987年にアイドル時代の渡瀬マキさんのバックバンドへ参加しました。その後、1988年には渡瀬マキさん、川添智久さん、小柳cherry昌法さんとLINDBERGを結成しています。
そこから約30年以上にわたって音楽活動を続けた末、2022年に株式会社ティンカティンカを設立したことになります。
会社設立までの流れを簡単に整理すると、次のようになります。
| 時期 | 二人の主な活動 |
|---|---|
| 1987年 | 平川達也さんが渡瀬マキさんのバックバンドに参加 |
| 1988年 | LINDBERGを結成 |
| 1989年 | LINDBERGとしてメジャーデビュー |
| 1997年 | 渡瀬マキさんと平川達也さんが結婚 |
| 2002年 | LINDBERGが一度活動を終了 |
| 2009年 | LINDBERGが1年間限定で再活動 |
| 2010年 | 夫婦ユニットのタツマキを結成 |
| 2014年 | LINDBERGが本格的に活動再開 |
| 2022年 | 株式会社ティンカティンカを設立 |
こうして並べると、会社を突然立ち上げたわけではなく、長年続けてきた音楽活動の延長線上にティンカティンカがあることが分かります。
ティンカティンカの公式サイトでは平川達也さんのディスコグラフィーだけでなく、渡瀬マキさんの活動や、二人によるユニットのタツマキについても案内されています。
タツマキでは、マヨイガール、ミルキーウェイ、風の中のママライオンなどの楽曲が紹介されており、LINDBERGとは少し違った夫婦二人ならではの音楽活動を見ることができます。
また、平川達也さんはギタリスト以外の仕事も数多く経験しています。
2002年には渡瀬マキさんのソロアルバムをプロデュースし、その後はsacraさん、The Rainmakersさん、神楽さんなどの作品にも携わりました。2005年には日本テレビ系の歌スタ!!へ審査員として出演し、2009年には渡瀬マキさんと一緒にmerry merry Booをプロデュースしています。
つまり、ティンカティンカの代表を務める平川達也さんは、ステージでギターを演奏するだけではなく、音楽制作やアーティストのプロデュースまで行ってきた人物なんですね。
一方、渡瀬マキさんもLINDBERGのボーカルだけに活動を限定してきたわけではありません。作詞、ソロ活動、子供服ブランドのプロデュースなどにも取り組んできました。
夫婦それぞれが音楽や表現活動の経験を積んできたからこそ、自分たちの活動を管理し、発信していく会社としてティンカティンカを設立したと考えると自然です。
なお、会社の細かな売上や従業員数、具体的な経営規模などは一般向けには大きく公開されていません。そのため、大手芸能プロダクションのような会社というより、渡瀬マキさんと平川達也さんの音楽活動を軸とした運営組織として見るほうが分かりやすいかなと思います。
会社名のティンカティンカも、一般企業というよりクリエイティブな活動を想起させる個性的な名称ですよね。
二人の場合、夫婦になってから会社を作っただけではありません。
最初は歌手とバックバンドのギタリストとして出会い、LINDBERGを結成し、一緒にヒット曲を生み出しました。その後に結婚して二人の子供を育て、バンドが活動を休んでいる期間には夫婦だけでも音楽制作を継続。そしてLINDBERGが復活した後も一緒にステージへ立ち、最終的には活動を支える会社まで設立しています。
こう考えると、ティンカティンカは二人の長い音楽人生が形になった存在ともいえそうです。
渡瀬マキさんの旦那である平川達也さんは2022年から代表取締役という経営面での役割も担っていますが、現在もギタリストとして活動しています。会社経営だけに専念するのではなく、演奏、楽曲制作、ライブなど現場での音楽活動を続けているのが特徴です。
渡瀬マキさんと平川達也さんにとってティンカティンカは、夫婦の会社という表現だけでは少し足りません。若い頃から二人が作ってきた音楽を、これからも自分たちらしい形で届け続けるための拠点と見ると、二人の現在の活動がより分かりやすくなるでしょう。
旦那と現在も音楽を続ける夫婦の関係
渡瀬マキさんと旦那の平川達也さんは、現在も夫婦で音楽活動を続けています。1980年代に出会った二人が、結婚して子供を育て、LINDBERGの活動休止まで経験しながら、何十年たっても一緒にステージに立っているんですよ。ここまで長く仕事と家庭の両方を共有している夫婦は、音楽業界でもかなり印象的ですよね。
二人が出会ったのは、渡瀬マキさんがアイドルとして活動していた1987年ごろです。
渡瀬マキさんはアイドル活動に違和感を持ち始め、カラオケではなく生バンドをバックに歌うようになりました。そのバンドメンバーの一人が、現在の旦那である平川達也さんでした。
渡瀬マキさんが自分で書いていた歌詞を平川達也さんに見せたところ、平川達也さんが曲をつけてくれました。渡瀬マキさんは自分の言葉がメロディーになり、生バンドの演奏で歌えたことに大きな喜びを感じたそうです。
その経験をきっかけに、平川達也さんが川添智久さん、小柳cherry昌法さんを誘い、1988年にLINDBERGが結成されました。
つまり二人の関係は、恋人や夫婦になるよりも先に、音楽を作るパートナーとして始まっているんですね。
LINDBERGは1989年にメジャーデビューし、1990年には平川達也さんが作曲した今すぐKiss Meが大ヒットしました。渡瀬マキさんがボーカルとして歌い、平川達也さんがギターと作曲で支えるという形が、バンドの大きな成功につながっています。
その後、1997年に二人は結婚しました。
1999年には長男が誕生し、2003年には長女が誕生しています。子育てが本格化するなか、LINDBERGは2002年に一度活動を終了しました。
ただ、バンドが止まっても渡瀬マキさんと平川達也さんの音楽活動まで終わったわけではありません。
2007年には色々iroiroを発表し、渡瀬マキさんが作詞、平川達也さんが作曲と編曲を担当しました。夫婦になり、親になってからも、出会った頃と同じように渡瀬マキさんの言葉を平川達也さんが音楽へ変える関係が続いていたんです。
2009年になるとLINDBERGが結成20周年を記念して1年間限定で再活動しました。平川達也さんは同じ年、渡瀬マキさんのソロライブでもギターを担当しています。
さらに2010年には二人だけのユニットのタツマキを結成し、2013年にはタツマキベイベーをリリースしました。
そして2014年、LINDBERGが本格的に復活します。
渡瀬マキさんは後年のインタビューで、2009年の限定再結成を終えたあと、LINDBERGをこのままなくしてしまってよいのかという気持ちが強くなったことを語っています。自分が音楽を続けるならLINDBERGで生きていきたいと思い、メンバーへ相談したところ復活が決まったそうです。
もちろん、そのメンバーには旦那の平川達也さんも含まれています。
2020年にはLINDBERG結成30周年を記念した全国ツアーも実施され、その後もライブ活動は続いています。
2025年2月27日には、新横浜NEW SIDE BEACH!!でライブが開催されました。この日は平川達也さんの63歳の誕生日でもあり、渡瀬マキさんは夫婦のツーショットを公開して旦那を祝福しました。
その際に渡瀬マキさんが願っていたのが、健康を大切にしながら、できるだけ長く楽しく音楽を続けることでした。
この言葉は、渡瀬マキさんと平川達也さんの現在の関係をよく表しているように感じます。
若い頃であれば、ヒット曲を出すことや大きな会場でライブをすることが重要な目標だったかもしれません。しかし長年音楽を続け、家族を築き、年齢を重ねた現在は、二人で健康に音楽を続けられること自体が大きな価値になっているのでしょう。
さらに2026年には、渡瀬マキさんと平川達也さんが一緒にテレビ収録を行った際の夫婦ショットも話題となりました。
渡瀬マキさん57歳、平川達也さん64歳という年齢になっても、一緒に音楽やテレビの仕事を続けている姿に対し、ファンからは若々しさや仲の良さを評価する反応が寄せられています。
二人の関係の特徴は、夫婦と仕事仲間という二つの役割が完全に分離していないことです。
家庭では長男と長女を育てる父親と母親ですが、ステージに立てばLINDBERGのボーカルとギタリストになります。さらにタツマキでは夫婦二人で作品を作り、ティンカティンカでは活動を支える仕事上の関係もあります。
普通なら、これだけ長期間一緒に仕事を続けるのは大変ではないかと思ってしまいますよね。
実際の家庭内でどのように仕事と私生活を切り替えているのかなど、細かな夫婦のルールまでは公表されていません。ただ、1980年代から現在まで音楽活動が続いているという事実そのものが、二人の間に強い信頼関係があることを感じさせます。
特に印象的なのは、平川達也さんが渡瀬マキさんの音楽人生に最初から深く関わっていることです。
渡瀬マキさんがアイドルから自分らしい音楽へ進むきっかけとなった曲を作ったのも平川達也さん。LINDBERG結成のメンバーを集めたのも平川達也さん。そして今すぐKiss Meを作曲し、結婚後も渡瀬マキさんのソロ作品をプロデュースしています。
一方の渡瀬マキさんも平川達也さんと共にLINDBERGを続け、夫婦ユニットでも活動しています。
二人にとって音楽は、仕事というだけではなく、出会いから現在まで夫婦をつないできた共通言語のようなものなのかもしれません。
渡瀬マキさんと旦那の平川達也さんは、出会ってから約40年近く、結婚してからも約30年にわたって関係を築いてきました。現在も同じステージで演奏し、誕生日を祝い、一緒に仕事をしています。
若い頃に共に成功した夫婦が、年齢を重ねても当時と同じ仲間たちと音楽を続けているところに、二人ならではの魅力があります。渡瀬マキさんにとって平川達也さんは旦那であるだけでなく、自分の音楽人生を最も長く一緒に歩いてきたパートナーでもあるのでしょう。
渡瀬マキの旦那・平川達也との結婚や家族・現在の関係まとめ
- 渡瀬マキさんの旦那はLINDBERGでギターを担当する平川達也さんである
- 平川達也さんは1962年2月27日生まれで静岡県浜松市出身の音楽家である
- 二人は渡瀬マキさんのアイドル時代に歌手とバックバンドのギタリストとして出会った
- 渡瀬マキさんが書いた歌詞に平川達也さんが曲をつけたことが音楽的な信頼関係の始まりである
- 平川達也さんが川添智久さんと小柳cherry昌法さんを誘い1988年にLINDBERGが結成された
- LINDBERGは1989年にメジャーデビューし翌1990年に今すぐKiss Meが大ヒットした
- 今すぐKiss Meを作曲したのは旦那の平川達也さんである
- 渡瀬マキさんと平川達也さんは1997年10月16日に結婚した
- 夫婦の間には1999年生まれの長男と2003年生まれの長女がいる
- 渡瀬マキさんは子育てを優先する時期を経て再び本格的な音楽活動へ戻っている
- LINDBERGは2009年に期間限定で再活動し2014年に本格的な活動再開を果たした
- 渡瀬マキさんと平川達也さんは2010年に夫婦ユニットのタツマキを結成した
- 2022年には株式会社ティンカティンカが設立され平川達也さんが代表取締役に就任した
- 近年も夫婦ショットが公開され長年連れ添う二人の仲の良さが話題になっている
- 渡瀬マキさんと旦那の平川達也さんは現在も夫婦であり音楽仲間でもある関係を続けている
今回も最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。