マツコデラックスは体重がヤバすぎて病気に?!引退説の真相に迫る

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今回は、タレントでコラムニストのマツコ・デラックスさんについてご紹介します。

マツコ・デラックスさんは体重がヤバすぎて病気に罹っているのではないかとの噂について調べてみました。引退説は本当なのでしょうか。本名との壮絶な過去木村拓哉さんとの関係についても調べてみました。

マツコ・デラックスの現在の体重がヤバい!身長は高くない?

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マツコ・デラックスさんの現在の体重140㎏身長178cmです。

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テレビで見ていると、もっと背が高いように見えるのですが、恰幅のせいでしょうか、意外と身長は高くないんですね。

ご本人はこのように語っていますが、マツコ・デラックスさんの体重は、他の重量系芸能人と比べてみると突出していることがわかります。

石塚英彦さんは125㎏(身長175cm)、内山信二さんは125㎏(174cm)、伊集院光さんは125㎏(183cm)ですので、名だたる重量系芸能人の1ランク上を行っているという状況です。

ちなみに、スリーサイズはすべて140ということですので、まさに力士体型と言えます。ピーク時(2012年)には何と体重が160㎏台に突入したこともあるそうです。

マツコ・デラックスは体重がヤバ過ぎて病気に?!体調不良の原因とは

出典:chirimencho.net

運動は一切しないという生活を続けているマツコ・デラックスさん。これだけの体型ですので、病気の兆候はないのでしょうか。

以前、とあるテレビ番組内で、マツコ・デラックスさんが自身の健康状態について、こんな体型をしてたら病気の1つや2つはあるのでは?と思われるかもしれないが、不思議なことに病気のサインは1つもないと語っていました。

具体的な検査項目までは明らかにされていませんでしたが、健康診断の結果も良好だったそうです。

しかし、2017年に体調を崩して1週間休養をとったことがありました。体調不良の原因は、三半規管に菌が繁殖してしまったことです。

日常生活もままならないほどのめまいがし、耳が大きく腫れ上がってしまったことから、休養と検査を兼ねて入院することになりました。

検査結果は明らかにはされていませんが、1週間程度の入院で復帰していること、三半規管と耳の関係から、恐らく良性発作性頭位めまい症ではないかと考えられます。

良性発作性頭位めまい症とは?

とにもかくにも、完治して元気に復帰できたことが何よりです。今のテレビ業界にとっては欠かせない存在となったマツコ・デラックスさんですので、くれぐれも体調管理には気を付けていただきたいと思います。

マツコ・デラックスの体重がここまで増えた理由が意外

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一般的に見て、体重が100㎏を超す人は食生活が乱れ過ぎていて、糖分や脂質の過剰摂取が体重増加の原因となっていることが多いですが、マツコ・デラックスさんの場合は少し違っていました。

まず、マツコ・デラックスさんは基本的には肉を食べない生活をしています。太っている人にとってみると最高の食材と言っても過言ではない肉ですが、マツコ・デラックスさんは仕事以外では肉を食さないそうです。

何よりもマツコ・デラックスさんが好きなのはお米だそうで、外食をせずに家で白米を炊いて食べることが多いとのことです。

お米のイメージキャラクターに抜擢されるほどですので、筋金入りのお米好きなんですね。

お米には、良質なでんぷんが大量に含まれるため、エネルギーを体内に蓄え、しかもそれを長時間持続させることが可能な食物です。

ただ、炭水化物の過剰摂取によって糖尿病に罹るリスクが高まるため、いくら良質な食物だとは言っても、食べ過ぎには注意が必要です。

マツコ・デラックスの引退説の真相!芸能界に対する思いを暴露!

出典:mantan-web.jp

マツコ・デラックスさんに引退の噂が出回った原因は、トヨタ自動車代表取締役社長豊田章男社長です。

どうやら、マツコ・デラックスさんをトヨタ自動車の名誉コンサルタントに就任させようと画策しているようです。

マツコ・デラックスさんと豊田章男社長の付き合いはかれこれ10年以上になるそうで、これまでにも何度かトヨタ自動車のCMに出演したことがありますので、名誉コンサルタント就任の話題に違和感はありません。

天下のトヨタ自動車ですので、名誉コンサルタントとしてのフィーは、週1勤務であっても年間

3000万円と破格です。マツコ・デラックスさんの場合は、週1ペース以上となる可能性もあるため、コンサルタントフィーが億越えの可能性も囁かれています。

業界関係者によると、コンサルタントからスタートして、ゆくゆくはトヨタの役員に抜擢されるのではないかとも言われており、そうなれば芸能界引退説も濃厚となってきます。

約10年間レギュラー出演をしてきたフジテレビ系のバラエティ番組『ホンマでっか!?TV』を卒業し、いよいよ芸能界引退説が現実味を帯びてきた矢先に、マツコ・デラックスさん本人が自身の芸能界に対する思いを告白しました。その概要は以下の通りです。

・今後の人生を考えたときに、このまま芸能界で今のポジションを維持し続けることは難しいと察した

若い世代に頑張ってもらいたいから、身を引けるところからは引いていこうと考えている

・信頼できる番組スタッフが次々に現場を離れたことで、番組制作に対する熱意が冷めた

マツコ・デラックスさんはもともと、テレビに出たいと思って出たわけではなく、他にやることがないから出ただけと語っており、現在の成功に対しても、たまたま当たっただけで、長居するつもりは毛頭ないそうです。

マツコ・デラックスの本名は松井!

出典:huffingtonpost.jp

マツコ・デラックスさんは1972年10月26日生まれで、本名松井貴博です。芸名であるマツコ・デラックスの由来については、これといった確定情報があるわけではないのですが、恐らくこれではないかという理由が見つかりました。

昔から普段の仕草が女の子のようだったため、名字である松井の後に”コ(子)”を付け、さらには全体的にゴージャス感を出したいということで”デラックス”という言葉を用いました。

体が大きいからデラックスなのかなと思っていましたが、全く違っていたんですね。

マツコ・デラックスの本名が親との壮絶な過去の原因?

マツコ・デラックスさんが自分は同性愛者であると気付いたのは幼少期だったようです。マツコさんが人生で初めて性的魅力を感じたのは、幼馴染の従兄弟でした。

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マツコ・デラックスさんの従兄弟とは、漫才コンビ「シンデレラエキスプレス」の松井成行さん(画像左)です。ご本人も、「(マツコ・デラックスさんが性的魅力を感じた従兄弟というのは)僕のことかもしれない」と語っていたことがあるため、この噂の信憑性は高いと言えます。

マツコ・デラックスさんは自分自身がゲイであることを自覚して以降、周囲との考え方や価値観の違いに悩まされ続けました。

周りに合わせるのがつらくなっちゃったの。子供でいるのが疲れちゃって、学校の雰囲気が嫌になっちゃったの。」

引用元:news.mynavi.jp

小学校時代、短い間だったが不登校になったことがあったそうです。

不登校の期間が短期間で終了したのは、マツコ・デラックスさんの中で、吹っ切れた部分があったからだと語っています。

「なんかもう、いいやって思ったの。仲良くする必要もないし、ひとりで生きてりゃいいやって。」

「学校の先生に恵まれていた。先生に会いに行くっていうところがあった。」

引用元:news.mynavi.jp

孤独な幼少期を経験したマツコ・デラックスさんは、千葉県立犢橋(こてはし)高等学校を卒業した後、東京のマックス美容専門学校に進学しました。その後、専門学校を卒業し、美容師として社会人生活をスタートさせました。

しかし、仕事内容や周囲と自分自身の雰囲気や温度差の違いを感じ、美容師を辞めています。退職後は、今のマツコ・デラックスさんの原点である物書きの世界に入っていきます。

1994年にゲイ雑誌「Badi」の編集者に転職した頃のマツコ・デラックスさんは、以下のようにコメントしていたことがありました。

「自分の出生じゃないけど、自分のことをちゃんと考えたことなかったなって思って。もう一回、ちゃんと見直さなきゃって思って、モノを書いたりする方に行ったんだよね。」

引用元:news.mynavi.jp

出典:JCASTニュース

自分の人生を見直し、編集者として順調に進むかに思われた矢先に、マツコ・デラックスさんは大きな壁にぶち当たっています。

ゲイ雑誌の編集者として活躍していた矢先に、突如編集者を辞めてしまったのです。そしてそれ以降は、実家でのひきこもり生活がスタートします。

実家に戻ってからは、仕事のことや将来のことで親と口論になったりもめたりする日々が続き、事態はマツコさんの体に異変が出始めるほど深刻化していました。

部屋の雨戸は締めっぱなしで生活していたため、ほとんど日光を浴びることはありませんでした。また、トイレに行く以外の時間は全てベッドで過ごしたというから驚きです。

そんな生活をしていたからでしょう。ある日、両足で立ち上がろうとしたらすっと立ち上がることができず、立ち上がるまでになんと10分もかかったそうです。

実家に戻ってからも、自分自身がゲイであることを家族にひた隠しする毎日でしたので、相当精神的にきつかっただろうと思われます。

自分の足ですぐには立てなくなるほどだったマツコ・デラックスさんの唯一の心の支えは、昔から大ファンだったCoccoさんのでした。本当にギリギリのところで持ちこたえていた様子が伝わってきます。

マツコ・デラックスを救ったのは中村うさぎ?

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マツコ・デラックスさんを物書きの道へといざなったのは、エッセイストの中村うさぎさんです。マツコさんが20代の頃に手掛けていたゲイ雑誌「Badi」の記事を読んだ中村うさぎさんが、「(マツコさんと)ぜひ会ってみたい」と言ったことがきっかけです。

マツコ・デラックスさんと会ってすぐに中村うさぎさんは、次回出版作(2001年に小学館から発売された「人生張ってます」)の対談相手にマツコ・デラックスさんを指名しました。

毒舌ながらも弱い人に対しては優しく、逆に社会の矛盾に対しては怒りを露わにする。

当時無名だったマツコ・デラックスさんの才能を見抜いていた中村うさぎさんは、マツコさんに対してこう助言しました。

「あんたは書くべき人間だ」

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そしてそれ以降、マツコ・デラックスさんはコラムニストとして、様々な雑誌やメディアにコラムを投稿するようになり、2000年頃からはタレントとしても活動し始めます。

マツコ・デラックスさんがブレイクするキッカケとなったのが、TOKYO MXの人気番組「5時に夢中!」です。マツコ・デラックスさんは2005年からコメンテーターとして登場しました。

独自の視点と歯に衣着せぬ物言いとあのルックスが相乗効果を発揮し、マツコ・デラックスさんの大躍進がスタートしました。

マツコ・デラックスが親と和解した?

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マツコ・デラックスさんはこれまで、親に対して自分がゲイであることを隠し続けてきていました。親に不必要な心配や迷惑をかけたくないという思いからです。

ところがある日、マツコさんの中で、親との間にあったわだかまりがスーッと消えていくのを実感させるような出来事が起こります。

マツコ・デラックスさんの人気が出だした2011年に、お母さんからマツコ・デラックスさんの下に一通の手紙が届きました。その手紙には、母親が腰の手術をする旨が書かれていたのですが、文末は「5時の生放送を楽しみにしています」との文言で締められていました。

それを見た瞬間、マツコ・デラックスさんの中でもやもやとしていたものが一気に吹き飛びました。

手紙を見て大笑いし、あれほど思い悩んでいたことが解消され、そして自分は孤独でないことを確信し、最終的には大号泣したそうです。

言葉には出さないけれど、ずっと見守っていてくれたことが確認できたことで、マツコ・デラックスさんと親との間にあったもやもやとしたものが全て消し飛び、良好な関係を築けるようになりました。

マツコ・デラックスと木村拓哉の関係は?

出典:2xmlabs.com

マツコ・デラックスさんの出身高校は、千葉県立犢橋(こてはし)高等学校ですが、実は木村拓哉さんもマツコさんと同じく千葉県立犢橋(こてはし)高等学校に通っていました。

マツコ・デラックスさんは1972年10月26日生まれ、木村拓哉さんは1972年11月13日生まれですので、2人は同じ高校の同級生ということになります。

ただ、木村拓哉さんは芸能活動の本格化により、高校2年生からは、東京都立代々木高等学校に転校しましたので、2人が同じ高校にいたのは2年間だけということになります。

出典:cororotan.com

高校在学中はお互いに別々のクラスで、面識は全くなかったそうです。

SMAPの番組に出演した際には、マツコ・デラックスさんと木村拓哉さんが同じ高校だという話題が出たのですが、木村拓哉さんは、マツコ・デラックスさんが女装していたため、誰なのかまったくわからなかったそうです。

しかし、実はマツコ・デラックスさんと木村拓哉さんは仲が良かったということが明らかになってきました。

同じ高校で、しかも同じ学年にマツコ・デラックスと木村拓哉という超有名人がいたと思うと、当時の同級生はどんな心境だったのでしょうか。

「高校の同級生にマツコ・デラックスと木村拓哉がいる」こんな自慢話をしてみたいものです(笑)

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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